日々の中での出来事・思いを重ねていきたいなぁ。仕事のことも生活環境の事も友人のことも仲間のことも連ねていきたいなぁ。


by papillon-e
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自己顕示欲

 kathyさんがボールを投げ返してくださった。
>自己顕示欲は醜いこと???<
>これがなければ、何も始まらない<
嬉しいボールだ。

 今の私にこの自己顕示欲はなかなか厄介なモノだと思っている。
今の現実に「私は何処で何をしくじったのだろう」
「なんで、50歳からの予定がつけられないのだろう」
「なんで・・・・・・・・」と恨み言の1つも浮かび、悲劇のヒロインになって自分に酔ってしまいそう。

 今の状態は夏の頃よりずーっと人らしくなったし、目にも力が戻ってきたように思う。秋の抗癌剤より、1つ減ったほうが身体はずーっと楽だ。余力も出てきたのか、自分の容姿にかまう事も増えた。
 実は入院後から今年の正月まで、化粧なんてとんでもなく、髪の毛はぼさぼさ(髪質がかわってしまった)。顔を洗う事さえ億劫で、外にでるとき意外は歯も磨かない。実際、葉を磨くと出血して血だらけになって気持ちよくないのだけど、信じられないほどずぼらになっていた。年を空けて、楽になった自分の外観も気になる。

 引越し時に(最悪の体調だった)化粧品はほとんど処分してきた。もういらないと思ったし、見るのもいやだった。で、元気がもどってくると、少しでもマシに見せたい自分ももどってきた。毎日化粧して、着る服も毎日かえ(一応)、多少はマシに見えるように努力していた私だったので、当たり前といえば当たり前で、すごく健康的な感情だ。化粧品も心機一転で、新しくそろえた。抗癌剤投入後の後半の週に外出するっことがあるときに楽しみながら自分を装う。
 「マシに見せたい」と思うエネルギーは生きるエネルギーに繋がる。

 それだけならいいけど、「誰が病気なの?」「えっ???癌患者って誰のこと」って時に思うほどエネルギーが満ち、元気になると考え方も自己に酔うことがあり、悲劇のヒロインにもなりやすくなる。で、わたしな悲劇のヒロインが好きでない。自分に酔ってしまうと「何で?何で?」「私が、私が」と自己中心的な感情が出てくることが多い。(私威の場合で、人による)こうなると、自己顕示欲がいいほうに向かない。

 自己顕示欲は健康な時には当たり前のようにコントロールできる。(時に出来ない事もある)自然にある感情であるとも思う。上手に表現している人もいて、その手法に美しささえ感じる事もあるだろう。でも、今の私には厄介で、時に醜くうつる。

 只単に、今は自己顕示欲を持つエネルギーがないのですねているのかもしれない。「ただ生きる」って事に自己顕示欲は必要ないようにも思う。私は「ただ、生きる」を選びたいから、何かをする欲を羨ましく思い、遠くにおいておきたいのかもしれない。

 人って自己顕示欲の力を持って成長したり、悩んだりして、挑戦したりと自分の可能性を信じて生きているのだろう。健康であっても、病気であっても悪いことでない。
 今の私には重く、醜い。この時期に一度全ての欲を手放そうと思っているのかも知れない私がいる。だから、人の自己顕示欲が醜く見えたり、わずらわしく感じる。特に、同じ病気の人の自己顕示欲に時に吐き気を覚える事があるからかな???

 「ただ、生きる」ことの難しさ。私自身が自己顕示欲の強いところがあるから余計に気がつくのだろう。少し、ましな人になって、あの世に行きたいと思ってる。その時に、自己顕示欲は邪魔だとおもってるのかな?でも、「マシな人になりたい」と思う私のエネルギーはヤッパリ、自己顕示欲だろう。

 何かを残す必要もなく、また、残すでもなくただ生きる。自分の存在を誇示するわけでもなく、雑草のようにひそやかに生きる。
 でも、私威の存在を忘れられたくない。忘れられるのを怖いと思っている。この矛盾に己の欲深さを見る気がする。

 難しいな~~~。生きているって、感情があるって難しい。でも、生きる原動力になっているのは確か。自己顕示欲。この厄介なとぐろを巻いているような感情に今は美しさを見つけれない。それは確かだ。来年の今頃には「自己顕示欲ばんざい」と言ってるかもしれない。

 そう、来年の4月で病院の先生が言ってた私の寿命がくるのだけど、それよりは絶対長生きするからね。生きるエネルギーに満ち満ちているかもよ。(あ~~~これも自己顕示欲か??)
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by papillon-e | 2008-02-01 10:36