日々の中での出来事・思いを重ねていきたいなぁ。仕事のことも生活環境の事も友人のことも仲間のことも連ねていきたいなぁ。


by papillon-e
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ほう・・・・。

 久し振りに本屋さんに行き、手に取ったものが「暮らしの手帳」の『別冊 がん安心読本』。いまさら・・・・とは思いつつ、目をとおしてみると「いろんな癌の説明」がけっこうしっかり描いてあった。

 鍼の後の少しけだるい体を横にしつつ、目を通してみると中々どうして、改めて確認したり、自分の時の情景と比べてみたりしていろいろ書いてある。癌患者の家族の項目まであった。なんか安心した。

 癌と行ってもいろんな場所で発生してるし、抗癌剤も違う。それすら知らない人が多いと思う。私がそうだった。進行度によっても治療の方法は様々で「じゅつぱひとからげ」にするのはいささか乱暴だし、あまり細かい事を気にしても間違った解釈をするんじゃないかな?

 で、検査から保健の話まで、また諸経費の事も書いてある。もっと早く読んでおけばよかったと少し残念。興味のある人は是非手にとってご覧になられると良いと思う。また、どんな心構えが必要かもガイドラインとして捉えれるように思う。

 ちょっと偉そうだけど、なんか無性におススメしたい。へへ・・・・・・かしこブリッコですわ。
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by papillon-e | 2007-12-18 13:46

うつるんです。

 今回の抗癌剤投入後の落ち込みはなかなかだった。自分で言うのもへんだけど「どうした?私」と思った。ぼろぼろ涙はでるし、声を出して泣くし、すごーく暗いし・・・・・。Sちゃんのお姉ちゃんの件も全く関係ないわけではないのだけど、それにしてもひどかった。

 寝れないのはまあ、珍しくないけど、ここまで泣くのはいかがなものか?初めて母の目の前で手を握りながら「もうがんばれへん」と涙をながしてしまった。母もびっくりしたことだろう。でも、頭をなでてもらって「大丈夫よ」と言ってもらった。恥ずかしいけど、うれしかった。最後に母に頭を撫でてもらったのはいつだったかな?歳はとってもうれしいもんだ。もっと子供を撫でてみよう。うざいかもしれないけど、心のどこかで「気持ちいい」が残るだろう。

 「もうがんばれへん」「もういやや」「早く楽になりたい」・・・・・・いろいろ言った。体外、旦那にブチブチぼやいてたのだけど、嫌がらずに、怒らずによく付き合ってくれた。聞きたくないだろうにね。

 4,5日の間、食べ物が食べたくなくなり、味がわからなくなる事もあって林檎とか果物だけを食べている。そのせいもありフラフラになって家の階段の上り下りにも休憩が必要なぐらい。子供たちも皆、私につられてしまうのか食欲はなくなるし、イライラしているうようだ。母も少しイライラするようだ。家族に一人調子悪いものがいるとみんなうつるのかな?

 今日はだんだん元気が沸いてくるようだ。昨日の夜は皆で夕食も取ったし、栄養も少し入ってきている。体の中から何かが沸いてくるような気がする。生きてるぜ!!うれしいよ。

 毎日違う日。健康なときには気がつかなかった。「今日もまた同じ」とふて腐れていたよう何日もあったけど、体に聞くとちがうのね。皆さんの今日はどんな日?昨日とは違ってまた気持ちの良い日だといいです。
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by papillon-e | 2007-12-16 12:48

抗癌剤投入

 今日は抗癌剤の投入日。9時に病院について採決と検尿。血圧と体重も量り体のコンデションを見て投入を決める。体重にあわせて今日の抗癌剤を作ってもらえるので、体重管理もある程度大事みたい。
 顔も知らない私のために私のための抗癌剤を作ってもらえる。どんな思い出作ってもらっているのだろう。仕事だと割りきりって作ってられるのかも知れないけど、私にとってもありがたいし、うれしい。先生も看護師さんたちにも同じ事が言えると思う。大勢の中の一人であるのは確かだけど、名前を呼んでもらっていろんな話をして笑って「またね」と帰っていく。それでも人と人とのふれあいで、誠意を持って迎えてくれる。私いはとても嬉しい。

 私は私に関わっていく人の事を知りたい。私を事を知りたいと勤めてくれる人のことを知りたい。私に興味を持ってくれる人のことを知りたい。そう長くない人生なのは知ってる。だからこそ、私を取り巻く人を知りたい。そし手心から「ありがとう」を言いたい。少しの間でも一緒に人生の舞台で踊りたい。

 ほらね、抗癌剤が入るといろいろ考えてしまう。

 Sちゃんのお姉さんにも感謝。ある我慢の姿を見せてもらった。恐ろしくもあるし、安心もする生き様だ。祖父母とはまた違う。「おねえちゃん、ありがとう。そしておめでとう」心からそう思う。

 ほらね、いつもと違うでしょ。

 背中が痛い。首の腫瘍が迫ってきて息苦しい。食事が喉をとおらない。いろんなことが始まります。少しの間だけど、なかなかきついもんです。動悸、息切れ、胸の苦しさ、手袋していろんな作業をする不便さ。少しの間だけがまんすれば楽になるの。楽になったときに体中にエネルギーが充満してる感じがして「生きてるよ」『元気だよ」と嬉しくなる。そのときまで少し大人しくしていればいいだけ。

 今日もストマー袋が爆発。情けない。昨日変えたところなのに、何が悪かったかな?どこで失敗したかな?
 日常の生活と同じで仕事の失敗や、コミュニケーションの失敗しいたときと同じ。原因見つけて検証する。また、同じ事をするかもしれないドキドキ感も味わえる。普通の生活となんらかわりは無い。自分を卑下する必要も無い。卑下したって始まらないし、何もいいことはない。でも、卑下してしまう気持ちはどこかに残っている。

 今日は楽しいっことが思いつかないな。「今日もスマイル」が出来ない日もあっていいかな?

 ほらね、悲しい気持ちが出てきた。

 今日はそんな日なんだろう。
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by papillon-e | 2007-12-11 22:56

残念

 今朝、友人のSちゃんのお姉さんが亡くなったとメールがあった。金曜日に新しい入院先でホスピス病棟にお見舞いに行ったところだった。

 京大病院でオネエチャンは4階、私は3階と別と病棟に入院していたけど、同じ癌というくくりで、また、お姉ちゃんは肝臓、私は大腸と内臓の病気。時にお互いを見舞い、大笑いをして友人のSちゃんの話や知り合いの先生の話を面白おかしくしていた関係だ。入院してからの付き合いで長い付き合いではないけど「なんか長い間の友達みたいやな」と言ってもらっていた。

 吐血され、再入院の後、バプテスト病院のホスピス病棟に移った。私自身もホスピスを考えているのでS ちゃんには「いいと思う」と彼女の考え方に賛成し、共感もしている。金曜日にお見舞いにいったのはお姉ちゃんとの約束もあったけど、病棟を見たいとも思っていたので、内診の後、お父さんとも一緒に見てみたい気持ちもあった。

 祖母のときとは違い、すごく綺麗になっててびっくり。また、ホスピス病棟はホテルのように美しく、患者にとって使いやすいと思った。トイレが各部屋についているし、全て個室で間接照明もありで機能的だと思えた。お姉ちゃんも「いいやろ~。私ここに来てよかったと思うの」っていってたし「わ~。すごい。私もここに来たいな。予約しとこかな」と言うと「そうしとき。予約しとき」と言って大笑いしていた。

 プレゼントにクリスマスの妖精、ノームの人形を持っていくとさっそく「ピッコロ」って名前をつけて笑ってくれた。可愛いものが好きで、ぬいぐるみもピンクな小物も好んで使っていたし、ぬいぐるみを大事にしてくれていた。

 お見舞いに行くといつも「嬉しい、ようきてくれたな~」っと私も嬉しい言葉をかけてくれた。金曜日に言ったときは方で息をし、すぐに横になっていたけど明るさは変らず、笑っていた。背中をとんとんすると「気持ちいい」と目を細めていた。『私コレで言いと思うの。ゆっくりしなさいってことなんよ」といい、すぐ寝てしまう自分を気にしているようだった。

 次は火曜日にお見舞いに行くべくSちゃんと約束をしていたところだった。

 「呼吸が変だから」と病院から連絡があり、一時ごろに駆けつけたらしい。亡くなられたのは5時。明け方に朝日とともにお迎えがきたのだろう。

 今からSちゃんの所に行ってこようと思う。火曜日に持って行こうと思っていたプレゼントを用意して・・・・・・。喜んでくれるだろうか。

 よく戦い、がんばったお姉ちゃん。お疲れさまでした。行ってらっしゃい。
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by papillon-e | 2007-12-09 12:23

問診

 久し振りに主治医にみてもらう。二週間に2回は化学治療部で抗癌剤を打つのだけど,その時はニコニコ顔のH先生。すごく感じのいい先生だ。このH先生が新しい薬を使う際に「長生きしましょうね」っと言ってくれた心温まる、力強い、勇気のでる言葉をくれた先生。H先生とパンダN先生がいろんな相談をしながら私の体調を管理し、治療方針を決めてもらっている。医療って思った以上にチームワークと人間関係が必要な仕事だとわかったのにも、この先生達の仕事ぶりを見て知ることが出来た。もちろん、看護師さんたちとのチームワークもしっかりあるので、本当に安心して、また信頼して治療を受けることが出来る。

 パンダN先生とは二ヶ月に一回ぐらいの問診でしか会えない。後、緊急の対応のときかな?緊急のときは、またほかの先生に出会えるのでそれはそれで楽しいのだけど、あんまり緊急で病院にいきたくはないよね。

 久し振りのパンダN先生。すごく忙しそうで、多少お疲れの様子だった。丁寧に説明し、また話も聞いてくれる先生なのでどうしても時間オーバーしてしまい待つことも多少あるでど、昨日は一時間半以上の遅れがあった。今の私は時間がいっぱいあって予定もないからいいけど、ちょっとだけ待ちくたびれた。主人も付いてきてくれていたので、気を使ってしまった。でも、いろんな病状があり、それぞれに向き合わなくては進まないので、患者さんによっては時間をかける必要のあるケースもあるだろう。また、私だけが待っているわけでもないし、いつ私が待たせる側にまわるかもしれない。お互い様なのよね。

 私の状態は安定しているそうだ。腫瘍マーカーも正常値になりここしばらくはいい状態らしい。
今使っている抗癌剤は後2回で終わり。この薬が終わった後はピリピリしたり、冷蔵庫が敵になる冷たいのが怖い副作用も収まる予定。なんだかホッとする。でも、アバスチンという薬は継続するようだ。この薬、7月に厚生省が認証し、京大では9月より使われ始めたもので、大腸患者待望の抗癌剤らしい。副作用はもちろんあるけど、それでも希望をつなげる明るい薬だ。問題は副作用よりもお値段かな?本当に癌はお金がいる。いや、病気はお金がかかる。自分がなって始めてわかったことだ。難しい問題だとおもう。

 来年からはアバスチンだけの投与となるようだ。安定してくれていたらそれだけ長生きできるし、元気でいられる。嬉しいじゃない。

 12月中にCTを取って、最後のNパンだの問診をうける。状態が安定して、抗癌剤が減ってくれるようだったらいいな。首のしこりが大きくなってないといいな。背中の癌が小さくなってくれたらいいな。これ以上転移してないといいな。まあ、欲を出せばきりがないか。

 

 
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by papillon-e | 2007-12-08 13:53

痛み

 今週、朝の情報番組の『得ダネ』で『癌』の特集をしている。今日は『緩和医療』についてだった。そこで、思うことを少し書いてみようと思う。

 私の場合、大腸癌(S字結腸癌)でリンパ(背中の大動脈の近辺と首)に転移している。手術の際の入院のときも背中がものすごく痛く、うずくまったり、丸まって痛みを堪える事が多かった。ずーっと痛いわけでなく、ある一定の波がすぎるとケロッとすることもあったのだけど、それでも何かに包まったり、つかまったりして痛みをやり過ごさないといけなかったことが多かった。その際に、モルヒネ系の痛み止めを使ってやり過ごしていた。

 看護師さんや担当医師から麻薬系の薬である説明をうけ、あまりいい気持ちがしなかった。麻薬を使うって・・・・・人聞きも悪いし(誰に見栄をはっとんのじゃ~~)、初体験だから(きゃ~~)戸惑うし、気持ちも凹んでしまった。でも、使わないと痛くってやっていけないのも事実。

 9月まで使っていた抗癌剤は初めのころはまだよかったのだけど、7月8月には暑さもあり痛みも薬を飲んでもあまりきかなくなっていたようだ。いや、薬を飲みたくなかった。痛みは当然体を駆け巡るし、暴れたくなることもあった。実際、気持ちも弱るし「わたし年内持つかどうかな」と思ったり「もう勘弁してくれ」と涙があふれることもあった。

 薬を変えるために9月に一週間、入院して状態はずいぶん変わった。抗癌剤も勿論変わったし、副作用も変わった。で、その間に緩和ケアーをしてもらった。

 麻薬系の薬を使うことにすごい抵抗があったのは事実で、でも、それがないと辛くってやっていけないのも事実。看護士さんや先生の励ましや、説明を聞いて「大丈夫」とか「こう考えればいいんだ」と思うものの我慢するのが美徳である感じも決していなめない。

 実際、「痛みノート」をつくり、看護師さんと担当医師のチームで私の痛みを理解してもらった。『痛みを理解する』って作業はたった一週間だけど大きい事だったと思う。また、「奥藤さんの痛みを理解したい」といってくれた生意気な新米先生の言葉も心を大きく揺さぶった。痛みが和らぐと前向きにもなってくる。薬付けだけど、痛みがないことで余裕もうまれる。

 9月の一週間の入院はものすごい意味のある入院だった。麻薬系の薬の種類はもちろん増えたし、一日の摂取量も倍になった。で、生活するのが楽になった。それでも痛いときは頓服をのんで痛みを抑えてる。少しぼける事はあるけど(前からだという噂もある)ず~~っと体が楽だ。前向きにもなれる。ありがたい。

 痛みとも上手に付き合うことで少しでも長生きできるし、時間も有効に使える。心も軽くなるし未来も明るく開けるように感じる。心の痛みは薬では緩和ッしないけど、体の痛みは薬で緩和できる。麻薬でもいいじゃない。それが必要なんだから・・・・・ね。わたし!!

 
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by papillon-e | 2007-12-05 10:25

失敗

 以前にも書いたと思うが私のお腹に人工肛門がある。最近はクオリティーオブライフを高める為にも人工肛門をできるだけ作らないように腸を繋げるようにされているようだ。私の場合は出来るだけ早く抗癌治療をしないといけなかったことがあり、また、腸閉塞にこびりついていた癌を20cmほど切った事もあり、優先順位が抗癌剤治療を第一に考えてもらったからこうなった。

 事前に説明もあり、それなりに覚悟はしていたけど術後に人工肛門が付いたと聞いたときには多少のショックはあった。できれば『口から入れて腹から出す』より『口から入れて穴から出す』のほうが自然だし自分の体に違和感を覚えないほうがいいにきまっている。でも、出来てしまったものは仕方がない。受け入れるよりほかない。

 手術前から主治医のNパンダ先生に「可愛いストマーを作ってね」と『何を言ってるんだこの人は』の顔をされたり、『普通に出来るようにするだけです』という愛想のない返事にもめげずに「可愛く作ってね」と口をすっぱくするぐらい言っていた。術後、看護師の皆が「大丈夫かわいくできてますよ。安心してね」という声に励まされ、また、「N先生の自信作だと思うよ」と褒めてもらってまんざら悪い気がしないわけでもなく、「なれなきゃ」と自分に言い聞かしつつ少しずつパウチ(袋)の交換も覚える努力もし、腐っても気持ちを変えるように励ましたりしてきた。

 夜中にパウチから内容物が出てきたり、破裂したりして泣きながらパジャマや下着を交換し、少しずつ扱いが上手になってきた。今ではおおよそパウチ交換も短時間にある程度の事を綺麗に始末する事もできるようになった。でも、やっぱり失敗する。先週と今週で2回失敗をした。情けなく涙があふれる。慢心していたのかも知れないけど、どうしたのかな?
 また、変えてる途中にストマーから漏れてしまうこともある。お風呂に入るのもいまいち上手に行かず、パウチ(袋)を付けてはいる事は多い。
 今日もすったもんだの末にパウチをつけてお風呂に入った。交換してスグのお風呂はものすごくドキドキする。漏れの原因になったりする要因に可能性もあるからかな?

 で、今日はあまりのかゆさにぼりぼりかいていたら粘膜に当たり出血してきた。スグ止まるかと思うと今使っている抗癌剤の副作用でもあるのか血が止まりにくいので、けっこうダラダラ出血していまい、少しあせった。失敗するうちにまた理解し、扱いも上手になっていくのだけどストマーの失敗はやっぱり情けなくって涙がでる。

 ずーっと腸の調子もいいのかよく動いてくれる、で、グルグルキュルキュルなっている。このグルグルキュルキュルがなかなかのくせもので、この後にドバーっと便が出たり、おなら?がバハーって出て赤面する事がある。飲み屋でこのバハーがあると、あまりの恥ずかしさに店を出てしまう根性無しの私がいたりするもんだから、自分で面白がれる部分もあるのだけど、やっぱり恥ずかしい。で、特に腹から音がするし、すごーい音がでるから恥ずかしい。でも、ちょっと笑ってしまう。

 ストマーとの付き合いはまだ半年。いろんな失敗や出来事があって当たり前だろう。決して好きになれないけど、面白がれる余裕はあるように思う。『私のインデアンネームは『腹からおとの出る女』だから」とか『腹からウンチの出る女』とか言ってしまう。案外気に入ってるんだけどな。

 この私のお腹の梅干さんはとても出来がよいらしく、実はモデルになることが決定されている。うれしい~~~~。腹の写真のみだから、私のだとはわからないだろうけど、でも、なんかとってもうれしい。励みになる。
 これからも失敗して泣いてしまったり腐ってしまうことはたくさんあるだろうけど、生きているかぎり付き合わないといけない私の体の一部な訳で、長いお付き合いをするわけである。失敗もあり、成功して鼻高々なときもあり、涙あり、笑ありで生きていくんだから、まあ、いいか。

 
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by papillon-e | 2007-12-04 22:09

焼き鳥

 我が家は鳥をよく食していた。牛肉は少し苦手で豚肉か鶏肉が主食のメインに登場する事が圧倒的に多かった。最近、母たちと一緒に住むようになってからは食の内容も変わってきて、似た着物が圧倒的に多い。漬物もいつも登場。きっとそれが体にいいのだろう。けど、ほぼ、老人食でもあるので子供たちには不満が出てくる。私が食事の当番の日には出来るだけ以前のような「簡単、早くできる、安い」をモットーに作る事もあるのだけど、そうすると母から「こんなの食べた事がない」とか「どうやって作るの」等といろいろ聞いてくる。はっきりいって「うざい」。

 昨日は子供たちの希望(特にM)により、夜の外食を決行。家族だけで食事をするのは久し振りで、少しリラックスできたかな。

 銀閣寺の「きてや」は以前からよく足を運んだ焼き鳥やさんで私たちには居心地の言い店だ。ママは同い年で、アルバイトさんもきちん指導されている。顔なじみのアルバイトさんもいて、時々入っている女の子がT子のことを気にしてくれたり、男の子はMの事をきにしてくれたり、また、私の体のことを気使ってくれる。温かい人たちである。

 定番のオーダーは「鳥のてんぷら」「蒸し鶏」『大根サラダ」「焼き鳥の巻き寿司」「やげん軟骨のから揚げ」「肉団子のスープ」(Mが大好き)「大きな鳥のオムレツ」「焼き鳥・せせりの塩焼き」「焼き鳥・もも肉の塩焼き」「焼き鳥・ハート」「焼き鳥・おだんご」「焼き鳥・ネギ間」などなど。
 T子はネギが嫌いだ。本当に嫌みたいで、基本ネギの入ったものは食べないし、家でネギを使おうものならすご~~~く機嫌が悪くなって「ネギくさい」といって窓を開ける事もあるぐらい。で、このネギ間はお父さんのT子に対しての嫌がらせなんだよね。T子が嫌な顔をしたりするのを見たくって、嫌そうな顔をする前で食べるのが楽しいみたい。いろんな愛情表現があるけど、本当に・・・・・・・・ねじくれた表現方法だと思う。父親が娘をからかう方法はもっと他にあるようなもんだろうに・・・・・。

 昨日、店に入った時ママが泣きそうな顔をして迎えてくれた。で、帰るとき、泣きそうな顔をして送り出してくれた。「また来るね」って言って店を後にしたのだけど、本当にまた調子のよいときにいきたいと思う。昨日は冷たいものがまだ飲めなくて常温のお茶を用意してもらった。勿論、メニューにはない。手袋をはめて食事をしようとしていたのによく気がついてくれた。また、空調の温度調節を気にして「いつでも言ってください」と言ってくれた気配りが本当にうれしい。

 最近、体温調節がうまくできないのか、汗が出たり寒気がしたり、また、その日が暑いのか寒いのかわからなくなってしまうこともある。また、冷たいのに敏感な時期でもあるんだろう。よけいに少しの心配りが心にしみる。「きてや」のママは勿論、バイトさんたちの気持ちのよさと、心温かさが料理以上においしく、血と肉になったきがする。

 T子を心配してくれるお嬢さんは浪人経験があり、また、文系から理系に途中から変えたつわものだ。「この時期、辛いし、大変だと思うけどがんばってほしい」と伝言をもらったようだ。K大に途中転移で入るのは半端な事ではないらしい。理系の壁を思いっきり味わっているT子にはとっても嬉しかっただろうと思う。

 ママは同い年。ご主人と一緒に仕事をがんばってられる。横浜から京都に来られた美人さんだ。どこか垢抜けて洗練されているように思う。彼女はがんばりやさんだ。
 
 次はM朗が帰ってきたら一緒に行きたい。大好きな店だもんね。いや、焼き鳥が大好きみたい。
 あ~~~~~おいしかった!!!!
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by papillon-e | 2007-12-03 10:35