日々の中での出来事・思いを重ねていきたいなぁ。仕事のことも生活環境の事も友人のことも仲間のことも連ねていきたいなぁ。


by papillon-e
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2007年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

お疲れ様でした。

 今日、7月31日でパピヨンの営業が終わりました。50年間がんばりました。母の汗と涙の結晶でした。長い間ありがとうございました。

 私は一応跡取りとして育てられ、来年から縮小しながらも続けていくべく模索してました。いろんな意味で残念です。

 今日は母の晴れ舞台です。小さい集まりですが皆で母を慰労したいと想っています。

 このブログは形を変えて?(きっと嘘)やって行きたいとい思います。
[PR]
by papillon-e | 2007-07-31 18:03

役立つ人

 ほとんどほったらかしになっている状態のブログ。気になりながらも書きたい事や伝えたい事がたくさんあって困ってしまう。イザ!!となるとなかなか進まないもんだ。そんなであっても、毎日多くの人が尋ねてくださり嬉しいし、ありがたい。涙が出そうになるほど嬉しい。皆さん、感謝します。顔も見たことなく、また会ってお話したわけでもないのに温かい繋がりを感じます。

 夏休みもはいり、末っ子のMはクラブと家のダラダラ生活が始まった。T子は予備校に暑さでヘロヘロになりながら何とか通っている。M郎は彦根で課題に追われて「俺もうあかん」状態になっているらしいが、サークルだけは楽しんでいるようだ。この3ヶ月でいろんなことが変わってしまったけど、一番頭がさがり「あれ???この人だれ?」と思わせてくれるのは旦那、主人かな。知らなかった面が、いや、向き合わなかったのかも知れないな。カレの人柄に感謝することが多い。基本、変態で性格破綻者なのでそこは変わらないけど、温かい人だ。おっと、これ以上書くとオノロケになってしまうかい?いかんいかん。

 
 想定内ではあったのだけど、私には辛い事があった。先方の気持ちも考え方も理解できるが、本当に言われてしまうと堪える。きっと「誤解だ」と言われるだろうし、もしかしたら創かもしれないがこの何日間、私はスネテいじけて、ふて腐れるに十分な事柄だ。

 病気のことがわかり何がしたいかとと聞かれて「仕事をやめる事と、実家に帰りたい」と答えた。仕事は来年の約束が出来ないのに輸入服を契約して仕入れてお客様に提案する事はできない。それに、もういいでしょう。家に帰りたいのは、母も年だし、おじも年だしそろそろ実家に帰って一緒に生活したほうがいいと思っていた、主人の家には悪いのだけど、一人っ子で小さい時から祖父母からの洗脳がしっかり付いてるので自分の家が気になる。それで、その二つの願いは聞き届けられ、(こんな我が儘は命にかかわらるようなことが起きないと聞き入れられないだろうな)現実となるのだけど、その間いろんな姿を見せてもらうチャンスに恵まれた。

 仕事の事はまた後日として、家の件ではやっぱり問題はいろいろ出てくるわけで、当たり前の事だけど、主人の家としては気もちよくないだろう。でも、100歩引いて了解してもらったはずだし、それにはありあまる感謝と恩を感いている。
 でも、現実はむつかしい。
 主人が先日「もう、僕の家と縁をきるからそのつもりでいるように。葬式も連絡しないし、これからの全ての付き合いをやめたから」という。日ごろあまり怒ったりしない人なので理由を聞きくと
、改装に(実家の)お金が足りないから援助してほしいと頼んだ所、「もう**家には役にたたない
人にお金は出せない」と断られたと言う。実際、主人は余命数年の私の希望のために借金をして家を改装する準備をしてくれている。もちろん、図面は主人が書いているので私も言いたい放題だし、バリアフリーで必要な所だけの改装で贅沢なものではない。「家族の思い出を創るためにも改装は必要で、それで皆のそれぞれの思い出をつくりたい。そのために『援助してほしい」と理由も説明したのにだめだったらしい。

 確かにいい嫁でないし、後2年元気で生きてられるかどうかもわからない。確かに「役に立たない人」で未来も希望も社会貢献も人助けも出来ないかもしれない。ゴミになるだけなのは百も承知なのだけど「役立たない人」の表現はこたえた。主人は「現実だから、はっきりいっておくからね」とやり取りをほぼ正確に伝えてくれたのだろう。彼の辛さや、情けなさを思うと申し訳なく重い、頭をさげるんだけどね。なんかね。

 確かに主人の家の手伝いも老後の世話も墓の掃除も何もできないとおもう。私にこれから何か生産しろと言われても無理な話だ。(たぶん)両親の考え方や言い分も理解できる。他人だもんね。自分の娘ならともかく、嫁は労働力で保障である!って考え方も理解できる。

 でも、へこんだ。初めて泣いたかな?
 何か事が起きるといろんなことが出てくる。人がらあを見せてももらえるし、現実に落胆する事もある。今、私は「なら私はどう生きてやろう」を考えるいいチャンスをもらえている。「いかに死ぬか」も真面目に考えている。私が主人の家の役には立たないだろうけど、それでも、思いっきり生きてやろう。何か見えるものや感じるものはきっとあるだろう。

 人って面白いね。
[PR]
by papillon-e | 2007-07-24 18:36

嬉しかった事!!!

 先週の金曜日に主人と主治医《パンダN)の話を聞きにいった。こうがんざい3回目のちCTを撮って様子を見ようを言う事になっていた。その様子で、抗癌剤治療の見直し等を見直すという事だった。

 今回の抗癌剤は大変よく効いて私はふらふらになったりしていたので、人の話を聞いていてもあまり覚えてないし、半分以上忘れてしまうような気がして、主人に頼んで一緒に聞いてもらった。「リンパ種、ちいさくなりましたよ。ほら・・・」とCTの写真をみせてもらった。首のところも大動脈のまわりのも確かに小さくなっていたし、数もへっていた。「先生、グッドジョブ!」といって喜んだんのだけど、主治医には通じなかったかもしれない。真面目な誠実であろうとする善い先生なのだけど、すこしユーモアのセンスにかけているというか、お笑いに乗ってくれない。

 私のクレブス君《癌)は抗癌剤と話あって(?)いや、もとい戦って少しおとなしくなってくれたようだ。ばんざーい!!ばんざーい!!ばんざーい。これで、寿命も延びるだろうか??人の命は長さなんか解らないから、あまり気にしないでおこうと思うけど、気にならないわけではない。
まあ、とりあえず、最初は良好。これでげんきになるかな?と思ったんだけど、体がだるいそ、白血球が少なく、今週やるはずだった点滴が見送りで来週に。炎症反応も高いすうちが出ていて、おなかが痛いのは確か。本当にもう、いろいろあるのね。

 仕事もせず母にまかせているが、おんとし77歳の母もつらいだろう。でも、仕事しに行っても使い物にならないのも事実。動作が遅くなり、また、今までのようには動けない自分を情けなく、悲しく思う。母の要望に答えられない自分を情けなく、ダメな人になったように思う。それだけ、母は強かった。でも、今は人様がなんと言おうと「無理」で「病気」なんだから、仕方ない。
 同じように病気をしながらも仕事をされている人たちを尊敬する。この痛みや眠気、で仕事が出来るのはすごい精神力だろう。口内炎はそうたいして言う事ではないけど、体力の衰えはあるはず。動きたくても機敏には動けないのは私だけだろうか?
 
 ず^っと仕事と家とうろうろしていた私には、初めはゆっくり出来てうれしかったけど、今は店の仕事も手伝えず、寝てばっかりいてグウタラデ、怠け者のような気がしていけない。ご飯の用意でいっぱいなんだな~~。

 まあ、愚痴はともかく。主人が本当に良くやってくれました。この朗報を聞いてどっと疲れが出たようです。『小さくなってよかった」と言ってくれました。「これで、5年は大丈夫かな?」といいと「先生は2年っておったんだから、それまでは、元気でいれるようにすればいい」と言っております。
 
 クレブス君《癌)細く長く付き合っていこうね。いなくなれっていってないよ。大人しくしていてね。で、少しでも気持ちのいい人たちの一緒にいさせてね。温かい人たちと出合って気持ちよくお付き合いをしたいので、そこんとこ、よろしくね。  
[PR]
by papillon-e | 2007-07-06 19:47