日々の中での出来事・思いを重ねていきたいなぁ。仕事のことも生活環境の事も友人のことも仲間のことも連ねていきたいなぁ。


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T子再び

こんにちは。
再びT子参上です。


今日は今話題の「履修漏れ」について不満の限りをぶつけたいと思います。
なお、かなりの確率で穏やかでない単語が飛び出すことかと思われます。
聞き(読み?)苦しいかとは思いますが、一高校生の意見として少しでも意識していただけたら嬉しいかと思います。

ああ、ちなみに私の学校はしっかりばっちり授業ありましたので、モウマンタイです。


この問題に関しては学校側への怒りしかありません。
生徒たちが与えられたカリキュラムが不足しているかどうかなんて気にしているでしょうか?
少なくとも私は気にしませんでした。
しかも問題となっているのは進学校。その名をはるだけあって「受験」に熱を入れていることもわかります。
それは先生たちだけじゃなく、生徒も同様です。
 「進学校」=「有名大学進学」
胸糞悪くなるこの等式は、やはり世間には浸透しています。(ピラミッドの底辺を固めているのにもかからわず、身をもって実感しているのだから!)
そんな中での大学受験に対するプレッシャーがあるのにプラスして、本来心配しなくていいはずの「単位不足」による卒業の危機が湧き出しました。
「受験」を見据えて入った進学校でね!
校長先生が責任を取って自殺されましたね。
馬鹿にしてんじゃねえぞ!!って思いました。
上でも行ったとおり、今一番大変なのは学校の名誉でも、教育基本法でも、教員でもないです。
生徒が、3年の受験生が一番辛いんです!
センターまで2ヶ月切ってんだよ!
私学だったらもう合格決まってる所もあるんだよ!
救済措置はとられましたが、だからそれだけで「はい、解決~。」って問題でもないでしょうに!
ケアするべきはそこか!?
「責任を取って」っていったらそりゃあ立派なのかもしれませんが、そんな自己満足で終わらしてんじゃないよ!
せめて今年度の入試が終わるまで、責任ってもんがあるでしょう?
とりあえず「卒業」って区切りで生徒を見送ってから、勝手に責任でもなんなり取ればいいさ。
すごく身勝手なように思えて腹が立ちます。
生徒をなんだと思ってやがる。
子供がいつまでも大人のやることに疑問を待たないと思うなんて傲慢だ。
腹立たしいことこの上ない!


怒りの波がやってきたら長い上に、気持ちが荒んで言葉が荒くなるから、こういった場所では書きたくなかったんですけど、生徒の意見として。

受験生はナーバスでいかんよ。

や、しかし救済措置が補習単位の上限を決めただけだったとは。。
こう「履修漏れの学校の生徒は他の生徒より合格点上げる」てきな、私に有利になること期待してたんですけど。。
そうは問屋がおろさなかったか。
てへっ。

受験、受かりますよ~うに!!
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by papillon-e | 2006-10-31 22:19

内定

 高校の一番の友人から嬉しい一報。この時期にこの内容もどうかと迷ったけど、大学の推薦入学の合格をもらったそうだ。よかった。おめでとう!
 家のT子はまだまだ先だけど、それでもよかった。
 泣いて笑って,ケンカして培った人間関係。悲しい事も苦しい事も乗り越えて子供二人育て上げてたいしたもんだ。
 おめでとう。
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乾杯!!一気に半分飲んじゃった。
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by papillon-e | 2006-10-31 18:30

ジョウシキ

 「常識で考えたらわかることでしょ?」とか「君は常識の無い人だ」と人に言ったり、言われた事がある。どちらかと言うと圧倒的に言われた事が多い人生を送って来ているのだけど・・・・。「常識って難しい」と思っている私がいつもいる。で、「常識でしょ?」を振りかざす方とはたいがい仲良くなれない。何でかわからないけど、時に「GIVE,GIVE」だけを要求する様に聞こえるし「俺、俺、私、私」だけの世界に生きている様にも感じてしまう事があるからだ。「常識」の言葉のなかに慣習やしきたりの匂いもするし、おおよそ、そう言う意味で使われている事が多く,それなりに敬意を表し、「ははは〜〜〜」と頭を下げるのだけど、この言葉を常套句のように使われる方々はどうも違う意味で使われる事が多い様に思えて仕方が無い。

 私自身、「常識」にかなり怯え、またコンプレックスを持っている。

 「常識」の大前提はいったいなんなのだろう?人と人が集団の中で円滑に過ごせるマニュアルなのかな?いや、「思いやり」や「相手を想いはかる」なのだろうか?狭い島国、日本で常識って皆で共有されているのかな?日本人の常識ってなんなのかな?考えれば考えるほどカオスに入ってしまう。スカスカの脳みそで考えてもグルグル回るだけだし、滅入ってしまう事が多いのだから、考えたり思い出したりしないにこした事はない。

 先生と言われる方達に常識が無いと言う人がいる。商売人の常識と会社員の常識もズレがあると言う人がいる。山の手と下町の常識(この場合慣習かな?)は違うと言う人がいる。専業主婦と兼業主婦の常識って違うと言う人もいる。中国の常識、韓国の常識、北朝鮮の常識、台湾の常識、日本の常識とは違うだろう。沖縄と京都と北海道の常識も違うのかも知れない。田舎の常識と東京の常識も違うし、欧米と日本の常識もちがうだろう。
 会社勤めをしている人は会社勤めの経験の無い人に「常識がない」と言う事がある。常識ってある意味での世界観なのだろうか?もし、そうなら環境によって国によってその人の生活レベルによって違う事は当然だろう。その違いを乗り越えていかに常識を共有するのだろう。
 仮に、「常識」が人と人が円滑に過ごせるための「思いやり」や「感謝」をもって接する感覚なのだったら、私でも「確かにそうです」と心底納得できる。

 「常識」と「慣習」と「自分のルール」と「人をやり込める時に使う意味」とのニュアンスの違いを寸時に理解し、判断できれば悩む必要もないのだろうが、「そんなの常識でしょ」と言われるとひるんでしまう。実際、「常識にかなり疎い」と自覚しているから、痛い所を付かれると余計に萎縮していまう。「常識」って水戸黄門の印籠のような威力も持っているんじゃないかな?一刀両断、何も言えなくなってしまう。「常識」って本当に難しい。
 せめてもっと違う言い方をしてもらえればありがたいのだけどな〜〜。なんか、情けないな〜〜〜。
 こんな「常識」のない事を書いて申し訳ない。
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by papillon-e | 2006-10-31 11:31

読書の秋

 マンガはもちろんだけど、時々活字だけの本も読む事がある。特に秋になるといろいろ買ってしまいたくなる。文学少女(うそ)を気取ってみた所で化けの皮はすぐにはがされてしまうのだけど・・・・。でも、時に活字も読む事がある。これ本当!!!

 でも読みやすいモノで,難しい漢字や四文字熟語や,流行の横文字が出てくるような小難しいのは出来るだけさけている。「采魂胆」に挑戦した事もあるけど、漢文は文字道理チンプンカンプン。古典文も理解出来る訳もなく、現代文を読んでいたが、それも時に難しく,睡眠導入には役に立ってくれたけど、涎のシミを見るのがイヤになって途中で放り出してしまった。
 最近買った本で放り出してしまったものは「マオ」の上下。何を思ったか「下」から先に買ってしまい、質然的に「上」を買ったものの、漢字が読めなく断念。なんでこの本を読もうかと思ったかっうてーと「ブッシュ大統領も読んだ」の宣伝文句につられて、「ならば私も読めるだろう」と思ってしまったからだ。英語では漢字は出ない。中国の地名や名前はきっと漢字では書いてないはず。でも、日本語では見た事もない(うそ)漢字が出ていてすっかりお手上げ。子供からはバカにされ、「そしたら僕が読むよ」と旦那が読んでいる。でも、あまり好きでないようだ。
 旦那さんは「メグレ警部」シリーズが大好き。何回も読んでいるから、すっかり頭の中に入っているようだ。

 最近のお勧め:ブログでもおなじみの「五十嵐らん」女史の「世にも不思議な中国人」と「明日から中国で社長をしてください」の2冊。e0006429_1703449.jpge0006429_1705287.gif

 筆者の愛情がしっかり出ていて奮闘ぶりがおもしろおかしく書いてある。2冊目のは1冊目と重複している件も多々とあるけど、書き方が違うと印象が変わると言ういい例でもあり、学ぶ事が多い。しっかりしたお嬢さんだけど、時々、「とほほ」になって愛らしい。

 もう一冊はヒロブチマサヒコ氏の「スヌーピーの処世哲学」。これもブログで見つけて手に入れたもの。e0006429_1791821.jpg
 中学時代に必死になって読んでいたけど、大人になって少しだけでも読み返すとスヌーピーと仲間達のウイットにとんだ会話がサイコーに面白い。この中で「ドキッ」としたのは「私はもしかしたら退屈なのでないか?」と不安になったことだろうか。また、ユーモアのセンスがあると「おりこうさん」に思ってもらえるかもしれないと思った事。なるほど、と思って読めるのでお勧め。
 また、谷川俊太郎氏の訳のスヌーピーが読みたく、買おうかどうか迷っている所だ。

 教養はあるにこした事はない。会話もおもしろくなり、人との関わりを楽しめるだろう。駄洒落や親父ギャグに逃げていてはつまらないかもしれないな〜〜〜。つまらない女になりたく無いし、ユーモアのセンスも磨きたい。

 マンガの引用だけでは教養とは言えなく、オタクになってしまうか・・・・。漢字が読めない私だけど、漢和辞典を引きながら挑戦しようかな?
 良い子の皆!(良い子の皆は見てないけど)しっかり漢字を勉強し、日本語を学ぼうね。美しい日本語を学んで,自分の口から出る言霊を,いきいきさせようね。でないと、漢字が読めなくて本を読むのを諦めてしまうようなおばさん(私)になってしまうよ。綺麗な文章の日本語をいっぱい読んで、美しい表現が出来る大人になってね。

 あ・・・・私って何を言っているのだろうか・・・・・。
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by papillon-e | 2006-10-26 17:52

T子

どもっす、T子です。
あることないこと尾ひれ背びれつけて面白おかしく書き立てられている子供代表長女です。
全国の女子高生のみなさぁ~~んVv(ネタが古いって?)


突然ですが

母さんは「カテゴリ選択」を知りませんでした。

「剣道」なんて偉そ・・ごほん、たいそうなカテゴリ作ってるくせに記事を別けていないのは何事か?
と、心の中で問いただした所
「どうやってやるか知らないの。教えて」
とのたまうママン☆
(オーケイ、申し開きは居間で聞こうじゃないか。)

ってことで、長い前置きの後、ワタクシめが今こうして実演しているわけですが、肝心のママンは・・・
バクテリア類の死骸を排出し、様子見に来て、夢の世界に旅立っていきました。


・・・・ママン?

理不尽にぶち当たることで子供は大人になっていきます。


ってことで今後ともうちのママンのなんとも形容しがたいブログを宜しくお願いいたします。
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by papillon-e | 2006-10-25 22:00

はじらい

 今日は午前中に京阪特急に乗って大阪に行く用事があった。久しぶりの大阪なのだけど、少し行かないだけでも町はいろいろ変わっていく。どんどん時間が巡るのが早くなっているのか、めまぐるしい。アナログタイプの人はどんどん置いてきぼりになるのだろうか???とふと、不安になってしまう。

 朝の電車の中で必死になって鏡を見ているお嬢さん(?)を3人見かけた。京阪特急は一般的にはベンチシートになっていて他の人がお弁当食べていようと、鼻くそほじっていようと見えない。ただ、9時台の特急は時に一般車両のことがあり、今日はその一般車両だった。それで私に観察(?)されてっしまったお嬢さん(?)達だったわけだ。

 二人とも同じ始発から乗って,一人は私の真ん前、ひとりは座席の端。電車に乗ったとたんから前の女性はファンデーションを付け始め、馴染ますためにパンパンとたたいたりする。片一方の学生風のお嬢さんは鏡を見て、ひたすら睫毛を気にしている。マスカラを何回も塗り、目頭を押さえいろんな角度から自分の顔をしげしげと眺め、鏡に媚をうっても仕方ないのに、何やら呪文を唱えているかのごとく、鏡とニラメッコしていた。彼女は次の駅で降りたのだけど、その間、ず〜〜っと鏡の中の神経を集中させていた。付け睫毛でもつけていたのかな?落ち着きが悪かったのだろうか?

 さっきのファンデーションを塗っていた社会人風の女性と言えばアイシャドーと塗り、パフで押さえている。化粧品を膝の上に置き、一つずつ必要なものを取り出しながら器用に鏡を覗き込みながら顔を作っていっている。薄かった眉毛もインウィのアイブロウで本当に上手に仕上げていく。ビューラーを使ってマスカラを塗る過程も失礼ながら見ていた。鏡の中を覗き込み、まるで周りは芋畑かダイコン畑かのように思っているのだろうか?顔がある程度出来上がると,朝食なのか、パンを取り出して口に入れ、ほっこり一休み。また、かばんの中からゴソゴソとワックス(髪をまとめる)を取り出し、鏡もないのに、それはそれは上手く仕上げて行く。どこかの美容部員の人なのか?
大したもんんだった。口紅は引いてなかったように思う。

 また、途中で乗って来た女子大生風の女の子はその社会人風の女性の隣に座り、鏡をにらみマスカラをいろんな角度から、技を使い塗っている。始めとなんら変わった様に思わないのだけど、かなり熱心だった。

 ラッシュ時でもないし、もしかしたらベンチシートのいつもの特急のつもりだったのかも知れない。それにしても私の年から見ると「はしたない!」と言う事になってしまう。かわいい顔して、良さげな服を着ていても,何か違うような気がしてしまう。まあ、人の顔を作っているのをマジマジと見ている,ある意味大変非礼な私だから、大声で批判する事は出来ないけど。(あっ、しているか)

 いかに自分をかわいく,少しでも「まし」に見せるかってのは若いときは大変重要なのはよくわかる。でも、TPOがわからなければ、良い伴侶は見つけにくいと思う。だって、生活環境によってTPOも違ってくるし、まして大人が見れば「どんな躾け」をされて来たかは見抜けてしまう。いくら、しっかり化粧をしてカワイイ顔をしていても「はじらい」がなければ、お嬢さんとして、いや、女としては多少問題があるのでないかな?もちろん、「はじらい」も人によって違う事もあるだろう。異論もあるだろう。口汚く言ってしまえば、朝の寝ぼけた顔を人様の中でどのように誤魔化して化けたとしても、それは美しくなく、少なくとも電車の中で目撃したものにとっては「みっともない」のだ。
 忙しい毎日の中、寝坊するし、いろんな都合で化粧と言う礼儀やまた、社会に対しての化粧武装も必要だと思う。でも、電車の中で15分や20分かけて化粧するならば,机の上に鏡を置いてすれば10分から15分までで終わるだろう。鏡に向かって「今日もキレイよ!完璧!いってきます」と言う方が自分でも気分が良いのではないだろうか?

 長い目で見て、公衆の面前で化粧をしている女性が親になった時に公衆道徳と言うのをどう伝えれるのだろうか?「自分がされて嫌な事は人にしてはいけませんよ」とか「人の振り見て我が振り直せ」とは中々言えないだろう。すると、家の中も外も一緒になってしまい、礼儀も礼節もなくなるのではないだろうか?
 まあ、かく言う私は言っている事が身に付いていない代表のような中年お腹出っ張りおばさんなのだが・・・・。でも、憂いてしまう。

 フェミニズムから叩かれてしまいそうなのだけど、「女の恥じらい」は美しく、また、大きな武器(?)になりうるんだよ。悲しいかな私自身,持ち合わせてなく上手く言えないが「隠すべきものは隠す」「秘密はあっていい」わけで、化粧って隠していいものだと思う。電車の中の人は直接的に関係のない人たちかもしれないけど、それでも、「はじらいの無い女」と思われるのは愉快ではないはず。顔の見える人以外は関係なく、それこそ芋畑やダイコン畑にしか感じれないのかもしれない。

 人はどこかで繋がっているかも知れないのだから、人を軽視してはいけない。(酔っぱらいは省く)自分で恥ずかしいと思う事はしない方が,自分のために良い。もし、時間がなければ公衆トイレで化粧をしよう。もしくは、会社に入って一目散に文字道理化粧室に入ろう。多少,嫌みな女の子達に何か言われたとしても「電車の中で化粧するのは恥ずかしいので」と言った方が印象はいい。で、朝、家で化粧して鏡をのぞき「今日もきれいよ。1日乗り切ろう」と言った方がもっと気持ち良く過ごせる。これ、間違いなし!!!

 人の事は色々言えるのだけど、朝の御散歩はスッピンでいつも同じようなジャージ。首からタオルをかけ帽子をかぶり「ハーハー」言いながら必死に歩いている私は決して人の事を言えた義理ではないのです。日曜日はスッピンでどこでも行くし、化粧も剥げててもへっちゃら。「恥じらい」の「は」の字もないような私だけど、人様の前で口紅を引くのはためらわれる。
 みんなカワイイ顔しているのに、舞台裏がわかっていまったら折角の華やかさも台無し。「恥じらい」と「ためらい」をどうぞ忘れないで欲しいと切に願うおばさんです。
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by papillon-e | 2006-10-25 16:53

心境

 母が最近作った俳句だが、「これって今の私の心境を表しているの」という。
    
     『立ち枯る キューリひと雨 待てずして』

 なるほど・・・・。今もまだ我慢の時。どこまで耐えていけるだろうか。

 少し待つ事で状況は良い方に変わる事もある。変わらないけど、解決法が見つかる事もある。まったくもってニッチもサッチもいかない事もあるかもしれないが、時間は時に見方してくれる。

 苦虫つぶした顔より、微笑んでいたほうが福の神も寄ってきやすいだろう。大笑いしていた方が、大黒様や恵比寿様、お稲荷様の気を引きやすいかもしれない。

 
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by papillon-e | 2006-10-24 18:24

思い出し怒り

 体調が悪くなったり、少しイライラしたり、落ち込んでいる時、時に「思い出し怒り」をすることがある。昔の事を急に思い出し、「そういえば、あの時あの野郎は・・・」とか「あの人はあんな事を言った・・」とか「ダマしやがって・・・」等、どうでもいいような事まで思い出し腹を立てて気分の悪い1日を送ってしまう事がある。
 今日はそんな日だった。

 思うに自分の都合の悪い事を指摘されたり、自分が反省すべき時にこの「思い出し怒り」が出てくる事がある。責任転換でなく、身代わり怒りなんだろうか?自分が悪く無いと思いたがっているのだろうか。

 でも、時にふっと思い出した顔から「思い出し怒り」が怒る事もある。さっさと笑い話にして笑い飛ばしてしまえると良いのだけど、この感情はなかなかしぶとく残っている。いあや、どこかの臓器に染み付いているのかもしれない。だから気分が悪くなったり、胃が痛むのかもしれない。
 面白いのは、「ちょっと聞いて・・・」と言って人に聞いてもらうと自分の愚かさも口に出さないといけなくのでその「怒り」が少し収まる事がある事。聞いてる人には「耳障りで聞きたくも無い悪口」なのだろうが、言ってる本人はけっこうスッキリしたるする。そこんとこで「聞いてくれてありがとう。耳を煩わしてごめんね」と言って自己反省もしたりする。

 今日はあまりの「思い出し怒り」に更年期にありがちの動悸もでて、思わず病院にいってしまった。もちろんどこも悪い所は無くすこぶる健康。自分で言うのもなんだけど「あほ」だ。今日の自分を笑ってしまう。

 「思い出し怒り」も時に、自分を反省するために必要な事もあるけど、できればバカらしいのでしなくいでいたい。それにしても「怒り」って体力いる。一人で怒って一人で疲れてバカみたい。しかも、昔の事を思い出してカッカするなんて生産性ゼロ。まあ、問題をすり替えず、自分の反省をしていたほうが建設的かもしれない。

 
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お祭りで太鼓をたたくM。
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by papillon-e | 2006-10-20 18:57

のだめカンタビーレ

 見ました。のだめカンタビーレ!!16巻が出た所でテレビ番組が始まるのもなかなか出来ていて、「そうよね」と意味も無く納得してました。で、マンガでのファンとしてはキャストにもうるさく、何かと文句をつけたくなる癖をもっていて、私もその一人。
 
 初め玉木くんの千秋が気に食わなかったけど、案外良い線いってました。T子と「オダギリジョーでもよかったよね。」とか「竹内豊だったらどうだったかな?」なんて言いながら、机に向かっている娘を「けっこういけるよ」とわざわざ呼んで批評してた訳です。「玉木くんに黒天使が飛んでる様に感じるね」とMと話していると「「そうかな〜〜」とT子。
 ますみちゃんには3人で大喜びをしてしまいました。小出恵介君が演じているのだけど、彼は細くきゃしゃな青年のようだけど、しっかり「ますみちゃん」のどすこい感もあったようい感じ「ますみちゃん、いけてる〜〜」とMが腹を抱えていた。
 峰君は今の所可もなく不可もなくって印象だし・・・。強烈なのは竹中直人氏のシュトレーゼマン、もといミルフィー。いや〜〜〜あそこまでやるかって??大人の役者がしっかり脇を固めているから締まってくるのかもしれないな〜〜。

 饗さんではないけど竹中直人氏のシュトレーゼマンで大笑い。見方によるとすごくイヤミっぽく下衆な印象もうけるけど、うさん臭く,油ぎった演技はそれでおもしろい。

 のだめ役の上野樹里さんの事を私は知らないけどスイングガールで主人公をしていたお嬢さんらしい。ハチャメチャな演技も頑張ってるのだろう。なんか配役としては合っているような気もする。でも、媚びた表情があまり好きになれない。マンガののだめも対外「好きになれるタイプ」ではない(マンガだし当たり前)けど、ちょつと私の中では鼻についてしまう。それだけ演技がうまいってことかな?

 挿入されている曲が可愛らしくって,耳慣れた曲だから親しみもわいてくる。まあ、家の家の評価はともかく世間が面白がってくれれば良いのだから・・・・。ただ、「のだめカンタビーレ」に繋がった関連商売の仕方にいささか疑問を持っているのは確か。クラッシックがもっと普及した方がいいし、子供達もスタンダードを知っておくのは良い事だと思う。老若男女、知っている曲が増えるのも良い事だし、人生に色も添えるだろう。でも、「のだめ」の中に出て来たようなオーケストラを結成しコンサート巡業をするのはどんなもんなのだろう。どこかのコンサルが入っているのかもしれないし、マーケティングから見た時に大衆に向けてのアピール時なのかもしれないけど、少し首を傾げてしまう。
 もっとクラッシックの講演料金を安くしてもらえたほうが行きやすくなるし、触れる事が大事ならば,絶対効果があると思うんだけど・・・。

 どっちにしてもマンガファンの文句にしかならないけどね。このドラマを期にクラッシック音楽のスソが広がると日本も少しゆとりができるのかも・・・・。
 「かあさん、来週も「のだめ」見る?」と聞いてくるMに「う〜〜んどうかな〜〜」と言うと「面白かったとおもうんだけどな〜〜」とつまらなそうに言ってた。「おねえは見ないと思う」と言うT子。さあ、もう一度一巻から読み直して決めようか??
http://wwwz.fujitv.co.jp/nodame/index.html
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by papillon-e | 2006-10-17 12:53

父の事

 先ほどThe Winds of God の件で鹿児島県は国分市の事が出て来たので、父が生まれれた地名を探していたら見つかった。まあ当たり前だけど・・・。2回行った事がある。一回は新婚旅行でのおばあちゃんのお墓に報告がてら。2回目は一人で・・・。2回目の時には父も亡くなっていたので場所もうろ覚えなのに国分駅からタクシーで何とかたどり着けた覚えがある。

 国分市敷根町の小さな家で育ったらしい。少し歩けば桜島が見え、またその間に広がる海は見事な緑の海だった。何年か前の7月1日行ったのだけど、京都では考えられない熱さで、息をすると肺の中まで熱くなるような印象だった。太陽の光も強烈でゆらゆらしていた様に記憶している。海岸には丸い軽石がいっぱいあり、一つ拾って持って帰ったと思うのだけど・・・どこにいってしまったな?

 その時、無理矢理遠縁を探しお墓に一緒に来てもらった。すごく遠いおばさんになるようだ。もう随分お年をめされ身体も悪くされていた様に記憶している。その後、ロクスポ連絡もせず不義理をしてしまったがどうしてられるだろう。
 そのおばさんに父の生家を案内してもらった。私の育った環境からは想像もできない小さな,独特の小屋のような建物だった。その当時、人もすんでられなかったようだし、遠縁のかたが所有してられるのだろう。はっきり言ってけっこうショックだった。でも、残っていて見る事ができてよかった。

 いろんな話の中に父の生い立ちもあり、今は聞いておいてよかったと思う。
祖母と祖父の間に父は生まれたのだけど、祖父母は結婚して無く父は認知はされていたものの,父親とは縁が薄かったらしい。まあ「離婚した」と聞いていたけど、結婚してなかったとは母もきいてなかったらしい。
おもしろいな〜〜と思う事は当時、祖母は京都の看護学校に来ていて,同じく鹿児島は大島(らしい)から京都の師範学校に来ていた祖父と出会い父親が生まれたそうだ。「なんで結婚しなかったんだろうね」と聞いてみると「昔は身分の違いとか、あったし・・・鹿児島は強かったから・・」との事だった。父は鹿児島は国分で高校卒業までいて、その後は東京は法政大学に進み親類の貿易会社に勤めていたそうだ。その後、関西に出て来て母と京都でお見合いし、で、私が生まれて京都で生活している。なんかな〜〜〜縁なのか,不思議でおもしろい。

 その後、祖父は大島で学校で教鞭を取り、校長先生になり最後は種子島で暮らしていたと聞いた。なかなかのおじいさんだったらしく4回ほど結婚し子供も沢山いるそうだ。(結婚の階数はうろ覚え)「う〜〜ん。やるな〜〜〜」である。私の存在を知っていたかどうかは知らないが、大島の網元のセガレだったらしいから、小さい事は気にせず、やる事がでかかった(?)のだろう。でも、そんな人だったのか少し興味はある。

 父の姓は「角園」という。『すみぞん』と呼ぶそうだけど確かではない。私は一人っ子で、父の再婚相手にも子供はいないからこの「角園」の姓はもう途絶えてしまうのだけど、私はこの響きが好きだ。きれいな名字だと幼心から思っていた。聞く所によると鹿児島でも少ない名字だそうだ。まあ、無くなるものは無くなるし、残るものは残るから・・・・。
 地図の中に祖母が眠っているお寺の名前を見つけた。長らくいってない。父の墓参りにも長らく行ってない。時々思い出し、心の中で手を合わせているもののやっぱり何年かに一度ぐらい行っておいてもいいかな〜〜と思う。旅行気分半分だけど!!

 祖母は看護婦をして父親を大きく、父は国分で祖父母に育てられ大きくなった。看護婦として働き、家に仕送りし父とはあまり仲良くなかったと母から聞いている。「お母さんは寂しかったと思う」と母が言ってたので、そうだったのかもしれない。人の人生って自分が良かったらそれで良いと思う部分もあるが、やはり温かいモノに繋がっていたいとも思う。「おばあちゃんは良い人生を送れたかな?」「パパ(恥ずかしながら父の事を小さい時にこう呼んでいたので)は満足する人生だったかな?」

 
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( 有限会社 赤塚屋百貨店.から写真を借りました)
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by papillon-e | 2006-10-16 17:18