日々の中での出来事・思いを重ねていきたいなぁ。仕事のことも生活環境の事も友人のことも仲間のことも連ねていきたいなぁ。


by papillon-e
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連休

 充実した連休だった。ほとんど家でゴロゴロゴソゴソしていた。こんな日があってもいいよね〜〜〜。特に日曜日は昼から「鋼の錬金術師」を寝ながらみていて、幸せだった。もちろん寝そべって観ているので、所々目が重くなって覚えていない所もあるのだけど、それはそれで後日もう一度観てみたい。

 私はマンガが大好きで、それこそ小学校から変わらずマンガファンだと思っている。最近は新しいマンガを見つけてくるのはもっぱら子供達だけど、子供達のマンガを見てニヘラニヘラとしている。で、やつらも色々知恵を付けて来て「母さん。面白いマンガ出たけど、一回読んで見てよ。絶対に気に入ると思うんだけど」等と言って私に読ませ、様子をうかがう。で、「おもしろかったやん。で、次はどうなるの?」なんて言おうものなら「次から買う」事になってしまう。子供達のマンガ費の出所は「お年玉」と「お使いのおつり」なのだけど、けっこうあなどれない。

 最近買ったのは「もやしもん」と「ゴールデンデイズ」。Mがお姉と「わあーわあー」行っているのが「S,A]「〜〜〜〜ホスト部」(名前を忘れてしまった。とほほ)
「ソウルイーター」「犬神ゾイ」(?)。でもね、あんまり楽しく無くって少し不満。
「ケロロ軍曹」はM郎が持って行ってしまった。で、なかなか次が出ない。「鋼の錬金術師」もM郎のお勧めだったのだけど、途中で彼は熱がさめてしまったようだった。何故かって???テレビ連載される事になったから!!私もそうだけど、見つけてうれしいマンガってテレビや映画になると自分のイメージが崩れてしまって少しがっかりしてしまいます。まあ、自分だけのものであって欲しいと思う,大変独りよがりな気持ちなのだけど、それもまた人の性。
 M郎が残して行った所からまた続きを集めて3人で喜んでいる。DVDはツタヤで2枚ずつ借りて楽しみにして見ているのだ。これがなかなかよろしい。次がくるのが大変楽しみだ。

 よく考えるとT子はバリバリの受験生なんだけど、一緒に見ている。こんな環境でいいのかな???と思い反省する事もあるのだけど、どうしたいか判断するのも彼女にまかそうと決めた。まあ、なる様になるし、なる様にしかならないから・・・・。

 それにしても、気持ちの良い2日。日本晴れで清々しい日だった。つくずく、この国は四季に恵まれ,豊かでたおやかな国だと思う。この情緒をマンガを見ながらごろ寝していてはもったいなく、罰があたりそうだけど、またそれも良きかな。(?????)
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by papillon-e | 2006-09-25 18:53

ショック!!!

 昨日,一ヶ月ぶりにプールに行けた。で、体重計に乗ってみた。残念な事に先月と同じ目方だった。ど〜〜〜〜なってんの!!!!?????憎き体重計め。「壊れてんのちがあうか〜〜」と一人悪態ついてみたものの、数字が動く訳でもなく、ましてや減る訳でもない。

 カレンダー通りに30分の御散歩と腹筋,背筋30回ずつ(だけど)腕ふりふりも2分ぐらい(だけど)ダンベルも少しだけど一応やっているのに・・・・ブツブツ。知り合いが「一ヶ月で体重はへらないよ。そのうち減ってくるから・・」と未来のある言葉をかけてくれる。娘も「体重は一緒かもしれないけど、見た目は変わって来たよ」と慰めてくれる。ありがとう。皆!!!(涙)

 昨日は一人プールだった。何故か、だれもいなく、私のための私のプールになっていた。「おほほほほ。苦しゅう無い」ってなもんで調子にのって長らく遊んでしたのだけど、それが原因か、体重計が原因かわからないが夕方から熱が出てしまった。T子からは「張り切り過ぎ!!知ってるか??それって知恵熱みたいなもんやで」と鼻であしらわれ、Mには「母さんがんばりすぎ」と釘をさされ、「そうかな??」としか言えなく「うんうん」うなっている私。

 それにしてもとっても悔しい。明日も日課をこなし、いつの日か「減量5キロは成功しましたわ」と声高々に自慢(?)したい。まあ、この体重と目標体重ではそう誉められたもんでもないけどね。あと、体力つけて計画している事業をやり遂げたいのもあるかな。うん、歩いた後は気持ちいいし、少しずつ変化していけばいいか。まだまだ女盛りは衰えないはず!!(そうですよね!!)
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by papillon-e | 2006-09-21 18:41

運動会

 先週の土曜日、Mの小学校の運動会だった。雨のふる中、T子と一緒に傘をさしつつ「本当にあるのかな?」「とりあえず行ってみたらわかるから」等と話をしながらT子にも懐かしい通学路を通り学校までいく。旦那は「やっていたら連絡して」と家で待機。M郎も「小学校最後の運動会」を見に帰ってくる約束で学校内にて待ち合わせ。「Mが卒業したら、小学校に行く用事もないからいらっしゃい」の声で帰ってくる。昔からの家族の約束で「Mが中学校卒業まではいろんな行事に家族は首をつっこむ」というのがあるから余計だろう。面倒くさそうでもなく、「わかった」と言って帰ってくる。
 Mは応援団の団長をするらしく「応援団は見に来て」と言ってた。始めに応援合戦があるのだけど、走って出てくる先頭にMの姿がものすごい勢いで見える。身体がでかい。身長157で体重57キロ。肩幅が本当に広く、とても女の子に見えない。親から言うとかわいい顔をしていると思うのだけど、遠くで見るととても女の子に見えなく、他の男子よりも肩幅も体格もしっかりしている。「わ〜〜。M、女の子に見えない」とT子が容赦なく「声も低いし、少しドズが効いてるし・・・。なんかは〜〜〜って思うわ」と言う。で、私も少しそう思う。M郎も「Mきっついな〜〜」と言う。小学生だから特に心配も何もしていないけど、少し不安になってしまった。

 「かあさん。私って太ってる?」「なんで?」と言う会話をしたばかりだったから余計に頭にこびりついているのだろうか。確かにMはごつい。他の子供達が細すぎるようにも思うのだけど、やっぱりごつい。「うちの家が豚の家族だから仕方が無いよ。でもね、何も気にする事なく、健康で元気で体力があるのが一番やよ。それに、日本では大きいかもしれないけど、欧米に行けばなんの問題もないから」と言っていたが、周りの女の子達がきゃしゃでかわいく見えるのはどうしょうもない。コンプレックスらしいけど、国が変われば基準も変わる。また、高校生ぐらいになると色気もついてくるからまた変化もするだろう。

 M郎の時は3クラスあったが、最近では2クラスで学年によって1クラスの事もある。私が小学生の時は4クラスだったように記憶している。だんだん子供の人数が減ってくる。で、中学に上がるとまた減る。私学に流れる風潮が大変に多い。まあ、あまり評判の良い地域ではないので「それもありかな?」と思う物の、家は地元の中学に行く事に決定している。
 そう思うと、またこの小学校最後の運動会にも多いに意義があるし、思い入れもあるようだ。

 6年生は組体操と言うスペシャルなメニューをもっていて、この時期に逆立ちができるようになる子供も多いそうだ。もちろん、騎馬戦もある。5、6年の合同騎馬戦だったが、やっぱり昔からの定番は血湧き肉踊る。「後ろからまわれ〜〜。」とか「もっと攻めろ〜〜」等の声援(?)が低学年から聞こえてくる。赤、白、青の3つの組み分けで、人数は少ないけどなかなか面白い戦いっぷりをしていた。旦那は「赤(Mの組)は闘争心がないからだめだ!」とポツリと言っていた。
 玉入れも数の勝負だから、はっきりしていて面白い。一年生も6年生も勝った負けたで大騒ぎをしていた。わかりやすい競技は応援のしがいもあってやっぱり楽しい。
中学になるとこうはいかないから・・・・。

 M郎の一年生だった時の担任がまだ学校に残っている。昨年浪人していた時、日曜参観に皆でいったのだが、その先生がM郎の事情を聞いて「浪人するのも良いぞ。先生はな・・・」と肩を組んで話をしてくれたそうな。「僕、びっくりしたし。**先生ってそんな先生違ったから・・・。」と言っていたが内心嬉しかったらしい。で、この運動会で先生に報告もしようと思っていたらしい。私自身、同じ小学校を卒業し、6年生の時の担任が子供が入学した時に教頭先生で、2年前まで校長を務めていた事もあり、程々に感謝している。彼も、本当にお世話になった先生だったから思う事も有るのかもしれない。

 Mのリクエストでお弁当は「ロコモコ弁当」。なかなか評判が良かったらしい。最も手抜きのお弁当なだけに申し訳ないような気もするのだけど、本人が気に入っているのだからそれでいいのだろう。これは、楽ちんでけっこう美味しいメニューですよ。

 これで小学校の運動会は最後。保育園と同じで13年間楽しませてもらった。小学生の親として学校との関わりはできるだけ持たないよう勤めて来た。できるだけ逃げた訳だけど、それでも、最低限の御勤めはした。(と思う)先生とのコミュネケーションも必要な時に、必要に応じて作って来たし、何と言っても基本は家庭生活だから学校にさして言う事もなく、問題があった時に対応してきたつもりだ。他の家庭から見たらボロクソだろうが、それでも子供達は元気で健康で友人関係も程々に小学校生活を送れた。
至らない親に先生も諦めながら、子供を不憫に思って下さった事だろう。感謝したい。

 
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by papillon-e | 2006-09-19 17:56

怠け癖

 すっかりブログがお休みになってしまっている。かなり自己嫌悪になっているのだけど、一人ですねていてもしょうがない。少し気分転換も必要だろうか???
 「夏休み」も「長襦袢」も続があるのだけど、なかなか書き足せないのが歯がゆく、後味も悪い。夏からうまく流れに乗れないのか、自分で閉じてしまっているのか。すねてしまっているのは確かなのだけど、ただの怠け癖がでてその良い訳を一人でブツブツしているのかも知れない。

 報告したい事もいっぱいあるのだけど、「私はこんなに御気楽でいいのだろうか?」と不安になってしまう。いろんなブログを見ながら考えさせてもらい、共感させてもらい、また時に疑問に思い,反発も感じる。問題提議を常にする必要性は無いと思うけど何も無いのも自分の心情として「これでいいのだろうか」と考えてしまう。現実は大変厳しく、仕事の問題点や閉塞感、重圧なんか誰でも、どこにでもある事だし、それをとやかく思った所で解決できるとも思わない。もちろん人に助けてもらい、なんとかやってこられているのだけど、ブログに乗せるのには、なんとなく恥ずかしい。ならば、世相や社会の事についての少しばかしの私見を書くにはあまりにもお粗末な「オツム」である。で、あまりにも「何も知らない」事に気がついたようだ。自分の事なのだけど、それぐらい距離感がある「知る」事が欠けていたようだ。

 日々、大変楽しく、陽気に心配事もあるものの。あまり気にせず少し「考えたふり」をしてごまかしていた面が多々とある。また、それも必要だとも思っているけど、核心を見ずに、表層的に物事を追っていただけで、適当にモノは言える物の核とした物がなかったようにも思う。だからって「『核』ってなによ」と言われれば上手く表現はできない。難しく考える必要もないのだろうが、今まで難しくも何もなく考えてこなかった分、ここらで反省も含めて見直していかないと、「じぶんがじぶんであるため」の自分さえわからなくなる。まあ「自分」があると思っていること自体傲慢なのかも知れない。考える事は決して悪い事でなく、時に人生の、考え方の見直しをしておかないと、自分がどうしたいのかもわからなくなる。

 まあ、早い話、ぐちゃぐちゃこね回しているのが楽しいのかもしれない。

 なんでこんな事を思い始めたか・・・・と言うと、西尾幹二氏のブログを読み始めてからかもしれない。もっとも、教科書問題は新聞でも取り上げられていて「何なんだ?これは?」と思っていたのは確か。で、T子と日本の近代史を少し話してもMの歴史の話を聞いていても微妙なニュアンスの違いがあって話をしたのがきっかけかもしれない。いや、近隣の3件の国との立場の違いからです不快音の話から始まった事かもしれないけど・・・・なんかいろんな要素がごっちゃに出くわしてしまったのかな?

 実際、日本が大きく変わる時期にきて、国民として知っておかないと行けない事と知る必要がある事をいかに知らなかったかと言う事でほうけているだろう。そう言う意味でも祖父母を思い出し、いろんな話を思い出しては子供に聞かせている。少なくても受け継いできた良いものと悪い物は残す事は大事だろう。祖父母の家のそれぞれの「家訓」も私が教えてもらった様に伝えたいし、それがそれぞれの家庭の歴史と文化ならば、まず、それを知る事が大きな一歩になるはずだ。人はみんな「湧いて出て来たもの」では無いはず。父の事も少し調べてみようと思っている。そうする事で大事にするベキ事が見えてくる様にも思う。

 それにしても、きな臭い事が蔓延している。「なんでこうなるのか?」「人の品性とは何か?」「人に後ろ指をさされないで生きる事はこんなにも難しいのか」等と考え込んでしまう。己の大事な物に執着していてはこの国はダメになってしまうのでないか?と思う。バランス感覚と信念を持った自己犠牲が払える人が政治の世界に出て欲しいし、人の上に立つにふさわしい人とはどんな人なのだろう?隣国の騒音にどのように向き合う姿勢を持てるのかでこれからの日本の変わり目ならば、余計に新聞だけでなく、いろんな書籍で大まかでもいいから「事実」と『虚偽」を知る必要があるのではないだろうか?特に女性の一つの大きな仕事として、「子供を育てる」事があるのなら、影響が強くでる母親の責任は大きい様に思う。それを思うと余計に鬱々となってしまう訳だけど・・・・。

 まあ、ここで私ごときがなんだかんだと言った所で「屁の突っ張り」にもならいだろうけど、すねていた理由を恥ずかしながら公表してみた。お恥ずかしい次第です。
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by papillon-e | 2006-09-15 12:36

長襦袢

 母が「ほどいてくれ」と『しょうのう』のする祖母の長襦袢を持って来た。「長らくタンスにしまい込んでいたけどもったいないからパジャマのズボンにする」と言う。「シルクのパジャマは温かくって気持ちいいのよ」との事だ。確かにしっかりした時模様の大変よい素材の長襦袢だから余計に気持ちいいだろう。

「もしかしたら、これは東條(兵庫県のとある地名)のおばあちゃん(私からしたら曾ばあさん)のかもしれないわ。だって裄の丈もお母さんが着るには短いし,袖丈も短いから」と母が言う。「こんなにキレイに置いとけるもの?」と言うと「お母さんは管理がよかったしね・・・。それにしても長襦袢なのに良い素材を使っているわ」等々。
めったに着物をほどく事は無いけど、今日はとっても楽しく、祖母の匂いとでも言おうか『しょうのう』の香る絹をさわり、祖母を思い出し、少し泣きそうになってしまった。

祖母は田舎ではあるけど、昔は専属のネエヤがいた庄屋の長女。昔で言う『とうはん』だったそうだ。女学校ではバレーボール部に入り、ブルマーはいて試合に出ていた勝ち気なお嬢さんだったらしい。で、そのお母さんは母が言うには「綺麗な人だった」そうだ。もちろん私は覚えている訳も無く、存在さえも知らない。祖父のお母さん(曾ばあさん)は覚えているのだけど、祖母の実家には牛と馬がいて(私の子供の頃、昭和の30年代終わりから40年代初め)家に入れなくて難儀した覚えがある。だって、玄関の横に小屋があり、一頭ずつつないであったからなんだか怖かったように覚えている。

 遊びに行くとおばあちゃんは人気者で「姉さん。姉さん」って言ってもらっていて、子供心に自分まで人気者になったような気がした。覚えている一番のおもてなし料理は「松茸のすき焼き」だった。田舎だから自分の所の山があってそこに登って松茸狩りをしてその戦利品を頂くとい、今からは考えられない贅沢な料理だ。おじいちゃんが松茸を探すのが一番上手で「ほら、こころ掘ってごらん」と言われた所をゴソゴソすると必ず松茸が潜んでいた。まあ、その取り方の難しい事といったら「そんな事したらだめだ」「もっと優しく扱いなさい」とかいっぱい叱られながら王様を堀出したもんだ。

 そういえば祖母は松茸が好きだったな〜〜〜。この20年ほど、松茸も「しっかり松茸食べました」って思えるほど食べた事がないな〜〜〜。松茸ご飯、おいしかった・・・・。

 
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by papillon-e | 2006-09-01 19:49