日々の中での出来事・思いを重ねていきたいなぁ。仕事のことも生活環境の事も友人のことも仲間のことも連ねていきたいなぁ。


by papillon-e
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2006年 03月 ( 12 )   > この月の画像一覧

 京都デザイン協会の創立者の一人でもある林大功氏が亡くなられた。今日、告別式があり、最後のお別れを言いに行って来た。昨日,母が通夜に行き、昔馴染みの顔を見たといろんな思いで話をしてくれた。

 見ず知らずではあったが、告別式で隣になった初老の方が林先生の思い出話を色々してくださり、改めて懐の深い方であった事を耳にした。
 伊勢の出身で京都に来られたそうな。京都に住をとられ、図案(テキスタイルデザイン)の仕事を通じ、デザインの普及に力を注がれた。京都以外の方が京都で活躍されているのをよく耳にするが、林先生もそうだったようだ。京都で活躍されている全ての方がそうではないけど、稲森氏も塚本氏にしても大きく名前を出されている方は京都の方でない方が多いのかもしれない。京都の男氏さん、特にデザイン関係の方はスケール感に乏しく、自分の身を守る事を優先しがちなので、案外あかんのかもしれない。(叱られるぞ〜)

 私自身、林先生とは大きなつながりがないけど、小学校の時から母につれられ,デザイン協議会のパーティー等に連れて行ってもらっていたので顔はよくよく覚えているし、20才過ぎた頃にはデザイン協会が主催するデザイン会議に母の要請でよく参加させてもらっていた事もあり,全く声をかけてもらっていないわけでもない。当時、京都の重鎮に向かい、コマッシャクレタ、生意気な口を多いに叩いて「あれはどこの子や!」と聞かれた事もあった。でも、何と行っても母が目をかけてもらっていたようだ。実際、店の25周年のときは骨を折って下ったし、心を砕いていただいた。当時はよく理解できていなかったが、今となると感謝の気持ちでいっぱいになる。

 林先生は今の協会をどうご覧になるのだろう?創立の理念と情熱は受け継がれているのだろうか?時代と共に理念は変化して行くだろうが、人が持っている情熱はそう変わらなくあるものだろう。もちろん、情熱の元となる目的は違ってくるだろうが・・・。
そう言う意味では,一つの時代が終わったように、私が協会に対する情熱なり愛着なりを持っている必要もなくなってきたのだろうか?秩序も目的も見つけられなくなったら去る事を考えたもよいんでないかな?まだまだ,少しばかり後ろ髪ひかれる事があるから、もう少し考えてみようか。
 林先生を見送り、いろんな事が思い起こされ、また、考えさせてもらえる。告別式でも馴染みのある先生に出会えた。松葉杖でこられていたが、お顔の色はよく、しっかり歩いてられた。それでも、エレベーターに乗ったり、いろんな事で少しだけお手伝いができた。林先生が「おい、そこの子!自分で何が出来るか考えてしっかり仕事をしない」とおっしゃってられるのだろうか?どんな時でも、自分に何が出来るかを考え、恥ずかしいと思うような事をするな!二本の手を使い、人様の役に立つように!と教えていただいているのだろうか?

 林先生。ありがとうございます。いってらっしゃい。
e0006429_18485088.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-31 18:48

京都デザイン優品2

 デザイン協会の創立から汗をかき貢献してくださった初代理事長の林大功氏が亡くなられた。今日,通夜で明日本葬がある。謹んでご冥福をお祈りしたい。
 一つの時代が終わっていく。

 デザイン優品も今年で16回を迎える事ができた。当初は補助金も膨大な金額であったみたいだ。大賞には海外旅行の副賞が付いていたと聞いている。それだけ、通産省も京都府も地場産業をもり立てようといろんな仕組みを作るべく試行錯誤していたのだろう。その成果もあるのか、雑誌にも取り上げられ、京のお土産物としてしっかり根付き、認知される商品も数多くでている。元々の商品力があるのが前提だが、それでも、何らかのきっかけを作れているのであれば、準備をするのにも熱が入る。

 毎回、審査日の前後でいろんな宿題を企業の皆様から頂く。「以前のように部門別を考えて欲しい」とか「電源を入れて触ってもらえるようにしてほしい」等、その年々でどのように商品を扱ってもらいたいのか、どうアピールしたいのかを聞く事が出来る事で、次の年に反映するべく、実行委員で議論もできる。会社の大小に関わらず、おのおのの商品に対する愛情はいつも伝わってくる。この情熱と希望が物作りの原点となり、より良いモノを世に送り出したい、また、自分の技術を見て欲しいといろんな試みがなされる。お互い,より良いモノを,より喜んでもらえる事を手探りながら探しているのは実に有意義であるように思う。もっとも、出展企業さんは利益を出さないと行けないから、協会のようにお気楽ではないのだけど・・・・。さあ、今年の宿題をどれだけの実行委員が認識でき、また共通理解が出来るかは別として問題提議だけはしておかないと!次にバトンが渡せない。

 今回情けなかったと言うか、はらわたが煮えくり返りそうになったのはホストであるはずの私達なのに、協会の偉いさんが何か勘違いをされている様子だったことだ。今更始まった事ではないがイヤになってしまう。今月の日経ベンチャーの小雑誌に書いてあったが「ダメ社員は社長が作る」ってのはあながちあたっているのではないだろうか。だって、理事クラスの人の態度をみてやる気をそがれたり、恥ずかしい思いをするってことは向上心をそいだり、情熱をさましたりする要素となると思う。「この人と同じだと思われたくない」と思ってしまう心が芽生えると反抗的にもなるし、だんだん仕事も作業も面白くなくなってしまう。もちろん、当人の気持ちの持ち方でもあるが、それでも影響される。
 たかが、社団法人の幹部。されど・・・・である。私も2年前に行儀の悪い事をしてしまった所以があるのであまり強くは言えないけどね。ボランティア団体である事に代わりはないだろうに窮屈で煩わしい。
 でも、多くの事をここで学ばしてもらっている。そのありがたさは私のなかに財産として残っているのは確かだ。腹を立てさせてもらえるのも「『ああなりたくない』と思いなさい」、「恥を知る事を学びなさい」と言うことでもあるのだろう。モノは考えよう。人から学ばせていただけるのも,人と接しているからで、一人だったら何も学べない。

 
[PR]
by papillon-e | 2006-03-30 18:18

京都デザイン優品 1

 先週の金曜、土曜、月曜の3日間で京都デザイン優品の審査が終わった。金曜は搬入,土曜は審査員による審査、月曜日には搬出だった。私は金曜日はどうしても仕事を抜ける事ができず、土曜と月曜日に参加した。昨年よりも多い点数が集まり、主催した方としてはありがたかった。

 私自身、この優品に参加するようになって今年で5年目。長らくやり過ぎている気がするけど、今年には一つ大きな意味があった。行政の手を離れ(助成金をそれまではもらっていた)、社団法人の事業として独立して3年目だった。資金は基本的に出品量のみ。以前は京都府からの受託事業であったわけで、予算もなんとかもらえていたので応募要項の印刷代も、デザイン代も,認定書の印刷も何もかもなんとかやれていた。ところが、独自事業となるとはなから予算なんかないから善意と奉仕の精神にすがるしかない。本当に手弁当で,いろんな企業や会員の勇士によってなんとか今年までやってこられた。また、毎年出品してくださる企業や個人の方がいないと存在価値もない物になってしまう。いろんな方に支えられ、応援してもらい優品事業が存在する事に改めて感謝する。

 この事業を通し、いろんな学びがあり、人との出会いがあり、私に取って一番大きかったのはチームで仕事をする、同じ目標をもって作業をする喜びを知れた事だ。良き友、よき仲間に巡り会えた。こんな財産はそう,簡単に手に入らないと思っている。
京都府のKさんとはもう5年の付き合いになるだろう。彼は今は部署も変わり違う所で仕事をしているが、それでも気にかけ、後任のMさんと共に土曜日には一緒に汗をかいてくれる。情熱と意思のある方でこのKさんがいなければ単独事業としてここまで続けてこれなかったろうし、4年前に思いっきり挑発してもらえなかったら存在さえなかったかもしれない。何かの終わりがあり、また始まりがあるけど、その時にどんな思いを持ったメンバーかによって事の成り行きもきまるのであれば、3年前に始まった時のメンバーはなるべくしてなった人たちなのだろうと思う。京都府のKさん、Nさん、協会の実行委員長T、N、F氏、事務局のKさん、それとおこがましいが私。
 協会の他のメンバーが経過や内容を知っている人、理解してくれている人がいるかは別だけど、作業を通して社会貢献出来る,奉仕活動ができる社団法人は大事な事だろうと思う。

 今年の優品に参加してくださった全ての会社の写真があるのでご覧下さい。
http://kyoto-design.net/photo_album/2006_yuhin_snap/
[PR]
by papillon-e | 2006-03-29 18:11

あっぱれ!

 昼頃に通り雨が角を過ぎ去り、その後の空気の澄んだような匂いと空の青さが西日に照らされて、何とも言えない独特の雰囲気を出している。哲学の道の桜ももう咲き始めただろう。今週の頭に「週末には咲き始めるんじゃないかな?」とダイエットに励もうと思い出したT子が大文字山に登りがてら、桜のつぼみのほころび具合を見てきたようだ。

 すっかりブログの更新が遅れてしまい、書きたいと思っていたいろんな事柄がごっちゃになってしまった。思いついたとき、「メモに取っておく癖をこの機会につけて行こうかな〜」なんて思ってしまった。いろんな事柄がめまぐるしく始まり、いきなり終わってしまう事があった。いつもありがたいと思うのは事柄の中にいっぱいの考える要素があることだろう。(あるからって考えている訳でないのです)先週,友人と呼ぶのにはおこがましく、お客様と言うには心の位置が近い方が水晶のお土産を持って来てくださった。彼女が「言い古されてるけど、今日、何を感じるかで(何をするか)明日はより明るい可能性に満ちてるんだから。今から初めて遅い訳なんてありえない」と助言してくれた。また、「いろんな事があるだろうから、水晶を置いておくといいよ」と。いつもいつもお客様に支えられ、励まされ、学ばせてもらいこんなにありがたい事はない。もし、これが商売(あきない)の醍醐味ならば、幸いにも私は多少なりとも味わっている。お足(お金)はまた、そのうち付いてくるでしょう。やはり、商売も人生も人があってこそ!

e0006429_17252058.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-29 17:25

まぶしい

 あっぱれな日本晴れなこともあるのか、日差しが眩しい。目を開けているのが辛いほどだ。最近、いっきに世の中が明るくなったようにさえ感じられる。季節の微妙な日の光にこんなにも心が動かされるものかと思う。
それにしても、まぶしい。向かえにあるマンションが白っぽいからよけいなのか、横断歩道の白に反射してなのか,止まっている車が白だからなのだろうか。しらしらと光っている。サングラスが必要だな、これは・・・。

 今朝早く、友人のお父様が亡くなった。享年82才だったそうだ。今年に入り病院に入院し,しばらくは元気だったそうだ。先週に意識が無くなってしまったと聞いたばかりだ。少なくとも彼女も疲れてたし、お父様も苦しかった事だろう。ご冥福をお祈りする。
 
 彼女とは学生の時からの付き合いだけど、同じ学校であった訳でなく私がアルバイトをしていた喫茶店によく来ていた常連さんだった。アーチェリー部で白のユニホームを着ていた。夏休みなんか、その白のユニホームが眩しかった事を思い出す。インカレでかなりいい成績を出したとかで、一時オリンピックを目指していたようにも記憶する。でも、結局ソビエトであったオリンピックを日本がボイコットしてチャンスを逃したようだ。とても悔しがってたのを覚えている。

 何年前になるのだろうか、彼女はお母様も早くに亡くしている。私と同い年で両親を見送るのは早いようにも思うのだが・・・。しかし、彼女にはお兄さんがいるし、何と言ってもかわいい息子が2人いる。今は息子二人海外に留学させ,一人で家を切り盛りしていた。お茶の先生,ピアノの先生、オルガンも教えてたし塾の先生もしている才女である。ありがたいのは才女である事をひけらかさないし、またあまり感じさせないので私なんかとも長らくおつきあいさせてもらっているのだろう。また、家の環境も少し共通点があることも理由の一つだろう。

 彼女はガッツがある。時々変な事を言ってるが人を責める事は言わないし、愚痴るけど悪口は言わない。他人にたいしても寛容であろうと努めている。その分苦労もしてきている。大したもんだと心から思う。

 彼女は以前から50才前にはニュージーランドで子供達と暮らしたいと計画していたのでうまく行けばそう遠くない将来、実行できるだろう。お互い何かで行き来できれば、楽しいし,顔をつきあわせば子供の悪口から始まり昔の話にも花が咲く。車で15分の距離ではなくなるが、その時はそのときでまたお互い連絡やらメールやらでグチグチ文句足れて,けたけた笑ってられるだろう。   

 彼女もよくがんばった!お父様もよくがんばった。二人ともお疲れ様。お父様は修行の期間を終えて、安堵の地に旅立たれたし、残った者は心に生きている父親と自問自答し、生きている修行を積んで行く事になる。彼女の徳がまた積まれ、彼女の徳がまた上がる。実に喜ばしい事だ。
 おじさん,心配しなくても彼女はしっかり生き抜くし、また彼女の望む幸せをてにするからね。温かく見守っていてくださいね。

e0006429_16383355.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-20 16:44

背中が痛い。

 この3週間ほど、めずらしく充実しいた時間をすごしていただからだろう、ここに来て少し疲れが出てきた。人ぞれぞれいろんな出方があるだろうが、一つのサンプルとして私の例。
まず、左目が重くなる。必ず左目!その後まぶたがヒクヒクと痙攣し始める。当然、頭痛が始まり、背中が痛くなってくる。背中が痛くなると、むかつき吐き気が襲ってくる。そうなってから「あっ、肩こりかな?」と思いマッサージ等に行く次第である。
時として体調が悪かったら急性の蓄膿症になってしまい、熱はでるし、鼻は出るし,頭も痛いし,歯も痛い、左全部が痛い状態になってしまう。こうなるともう町の耳鼻科では「病院紹介しますね」と言われ、総合病院に行く事になる。ここまでくるともうあかん!気持ちもすっかり弱って病人になってしまう。
 
 まず、総合病院とか大学病院にはとんと世話になったことがないから、それだけでビビってしまうし、何と行っても皆病人やけが人でたかが急性の蓄膿症のような病名で来ている事が恥ずかしい。でも、そこここ痛いので不機嫌だし、居心地悪いし,本人としては重病人の気持ちになってしまっているので複雑な心境で待ち合いにいないといけない。「どうされましたか?」等と親切にこちらを察している下さる方がいれば、恥ずかしげに「急性の蓄膿症なんです」と消え入るそうな声で応え、その方の病名を教えてもらえでもすればどんな病気かを聞かないといけなかったりで、左の顔が全部痛いのに社交辞令もしないといけない。
 あげくな果てに、長時間待ち、注射一本「はい、今日はこれだけ。また明日に来てください」と言われ気がつくと半日終わっている事もある。

 こうなる前に自分の身体をいたわらなくてはいけない。昨年はいろんな事柄が重なり、鬱になりしばらく身体も心も頭もお休みしてしまった。最近、「トンネルを抜けた」かな?と感じているので、調子良いのは確かだ。しかし、それに調子付いて無理をして身体の声を聞き逃してはまたへばってしまう。もう大人(?)なのだから自分の身体の声も心の声も,頭の声(?)もしっかりキャッチして長持ちする健康体でいたいと思う。健康であればチャンスは作れるし,心が丈夫でいることもできる。そうすると、物事が筋道良く,キレイに運ぶ事になし、事柄が成し得れる。大事な事だ!!

 背中が痛くなると言う事は胃も少し弱っているのだろうし、内蔵もつかれているのかな?明日からはしばらくアルコールを抜き、消化に良いモノをを頂き身体が喜ぶように、静まるように努めよう。えっ?なんで明日からって?それは・・・・今日の夜、7年間M郎がお世話になったふっちゃんと彼の就職祝い件、合格祝でお食事会があるからです。「マヤンの呟き」が飲みたいと言うふっちゃんのリクエストに応えて近くの焼き鳥屋「きてや」にいく予定をしてる。彼ももうすぐお江戸に旅立つ。寂しいな〜〜〜。
ふっちゃんも我が家を恋しく、また懐しんでくれる事望む。また彼も京都に遊びに来た時には飲み会をしよう。
 そんな事言ってたら身体を長持ちさせる事と反対の事になりそう。、あっ!大丈夫。メリハリをつけてバランス良くアルコールとつきあえば・・・・ね。

 
e0006429_16173352.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-18 16:19

なごり雪

 日差しは明るく,空は晴れ晴れとしてはいるものの、雪が舞う今日。イルカの歌ではないけれど「なごり雪」なのか。もうしばらくすると哲学の道の桜が桃源郷へと誘ってくれるだろう。こんな日は、なんか妙にセンチメンタルになってしまう。

 さあ、これからまたしばらく忙しくなるけど、季節が良くなってくるので身体も動きやすい。気持ちを切り替えて行かないと楽しい事を逃しいてしまうようにも思う。
楽しい事と言えば、下宿探しはけっこう楽しかった。本当は食事付きの間貸しが一番の理想だったのだけど、彦根には無いようだ。大阪や京都にはあると思うんだけど、やっぱり学生の人数も違うから仕方ないのだろう。不動産屋で相手をして下った方がいろんな事を知ってられて随分参考にさせてもらった。やはり地元で学生達の様子等を知ってられるからの強みと見た。昨年は雪がすごくって大変だったらしい。(どこでもそうだったよね)バスも駅前で一杯になり他のバス停では通過状態になってしまい学生達は真っ青だったそうだ。それはどこでもある事で、京都でもおこる事。臨機応変に対応して行って欲しいな。それにしても、担当さんの話の仕方が大変うまく、笑かせてもらった。営業のミソは笑いを取る事も一つかな?

 お店の雰囲気も少しずつ変わってきた。今年は赤に目がいったせいもあり、珊瑚色のような赤が入荷してきた。若い人用でなくある程度の経験と人生の機微を知っている大人の色だろう。とっても色っぽくっていいと思う。また、花柄も多い。最近娘と話をしていて、ある程度年齢を重ねた人の装いがいかに印象を左右するのかを感じさせられる。若い子達は手厳しく,痛烈に批判してくれる。「若さと有り余るエネルギーと未来しか持ってないくせに」と思うのだが、今の私には「未来と経験と(少し)ちょびっとこなれた頭(自分がたいしたもんでない事を知ってる)」がある程度だ。若さには張りあう必要はないけど、時々「いいな〜」と思う事がある。物覚えが悪すぎるのも。ツルツルの脳みそにはもう何も刻まれないのかもしれない。

 
e0006429_18141319.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-13 18:14

ライバル?

 旦那がまた面白い事を言い出した。「M郎と僕はライバルになってしまったから、芽が出てきたら徹底的につぶすんだ」そうだ。同じ『建築設計』を目指すもの、ライバルと言う認識を持つのも当然だろう。でも、いきなり言うかな?まあ、新手の子供からかいイジメの一つの方法だろう。ニコニコ嬉しそうに笑いながら言ってたから気にしなくてもいいのだろう。
 M郎の合格が決まった日、旦那は嬉しさ半分、寂しさ半分の顔をしていた。「そうか・・下宿するか・・」と寂しそうな、どこか遠くを見ているような目をして焼酎を飲んでいた。私はと言うと、いろんな事で忙しさが重なっているもんだから寂しさより煩わしさを感じている。
 
 父さんとしては息子がいなくなると寂しいのだろう。残されたのは女3人。かしましい!
かく言うM郎も「いつもあると思っていた者が無いと言うのが想像できない。僕、家が大好きなのにやっていけるだろうか?」と不安げだ。なかなか笑かしてくれる。そんな事言って友人や彼女が出来て楽しくウハウハし始めると、家の事なんかも忘れるだろうし帰ってこないだろうに・・・。しっかり学習していろんな経験して、青春してくれたまえ。

 明日、下宿を探しに行く。昨日電話で聞いた所によると、もう物件も動き始めているらしい。安くって環境の良い所はすぐに塞がってしまうだろう。この下宿を探しに行くのにもひと悶着あり。「下宿なんて自分で探しにいけばいい。全部一人でやらしなさい」とヒステリックに旦那が言い始めた。きっと寂しいから、嫌がらせをしているのだろう。「母さんも何で付いて行くんだ。一人で決めさせなさい。」「いつからそんなに過保護になったんだ?」等々。私は「いろんな物件見るの楽しいやん」とか「家を探す経験が無いんだから手伝うのも親の努め」な〜ンていって正当化してます。実際、住む家を探すのなんて初めてだろうし、わけわからないもの。私もわけわからないけど、それでも水回りの事や使い勝手の事はM郎よりましだろう。はてさて、どうなる事やら。

 それにしても驚くほどお金が動く。改めて親に感謝する今日この頃だ。私が親にしてもらった事を私は子供達にしてやれない。なさけない!!貯蓄が・・・。もうほぼ0円だ。なんで公立の大学なのにこんなにかかるんだ。教育にお金がかかりすぎるよ〜。御国は何を考えてるんだ。赤ちゃんの時の経費よりも青年時にかかるお金の方が遥かに金額が多いし,家計をおびやかすよ。
 私ごときがいくら嘆いても始まらん。ここは親のすねをかじり、はたまた銀行から借金することになるのだろうか。ウ〜〜〜人生だ。

 今日まで店の方で展示会をしていた。なかなか見識を深めるのには興味深かった。
e0006429_1817234.jpg

モノを作る時の着眼点を改めて、考えさせてもらえた。で、確かに効果があるのが見て取れた。物作りの一つのきっかけって、卓上で考えるもんでないのは重々承知してるのだけど、なんか目から鱗が落ちたような気がする。
e0006429_18202632.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-11 18:22

彦根城2

e0006429_15124073.jpg

なんで彦根城に行ったか?恥ずかしくてなかなか言えない話ですが、実はM郎の入試に付いて行きました。(きゃ〜〜〜〜)『雪が降ったら電車が止まってしまうらしい』と予備校友達から聞き、すっかり怖じ気付いたのか、前日から泊まりたいとの要求をだしてきた。ならば、私も行った事が無いし、縁を作るのも一つの方法かと思い、思い切って(とっても楽しみながら)一緒に行こうと言う話になったわけです。
 M郎とは現地、彦根琵琶湖ホテルにて落ち合うと言う事で前日に入った。そのホテルもとてもリーズナブルで、尚かつお風呂が楽しめるという私好みのタイプだったのでなおさら行きたくなるではありませんか。それに彦根って町を散策できるし、なによりM郎が行きたいと言う学校も見れるし・・・・。

 京都とはまた違い城下町の雰囲気は残っているし、こじんまりしたいい所だと思えた。
e0006429_15425788.jpg


 楽しかったのは、彦根城でたまたますれ違った方で少し言葉を交わした方とキャッスルロードでまた出会い、その後「たねや」という大きなケーキ屋さんでいろんな話ができたことだ。見ず知らずの方と子供の悪口を言い合うのは大変愉快だったし、また、人の縁を感じさせてもらった。
e0006429_15474023.jpg


 幸いにも今日の午前中に意中の大学から大きな封書が届いた。M郎も発表を見に行き、おどおどと「番号があったみたい」と電話をしてきた。行きたい学校に行ける喜びをしっかり抱きしめて、少し自信をつけて欲しい。M郎、合格おめでとう。
 
e0006429_15591190.jpg


 皆さん、お騒がせしました。これで、一段落。M郎がつけてくれた縁で私も彦根に遊びに行きたいと思っています。kathy さん彦根城にこられる時には是非ご一報を・・・。
 さあ、また今年控える受験戦士に焦点をあてて母親をしますね。これがまた、どうなることやら・・・。
e0006429_1671382.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-08 16:10

彦根城1

 先日彦根城に行ってきた。なぜ彦根まで出向いたか・・・・。おっそろしく恥ずかしい、親ばかちゃんりんのぺっぺけぺーなのでとても口に出して言えない。軽蔑と哀れみとあきれ顔が見えてしまうのでまたの機会に・・・・。

 でも彦根城に行ったのは確かで大変気持ちの良い、すばらしい天気に恵まれた一日だった。お城と言うと姫路城と名古屋城ぐらいしか足を踏み入れた事がなかったので、新鮮だった。
e0006429_1835828.jpg


そんなに長くない石段をのぼり、だんだんと見えてくる彦根の町を眺めながら木漏れ日の中、ぼてぼて歩く私はなかなかロマンチックな気分にひたり、「この階段を着物で上るのは大変だったのでは?」とかどーでもいい事をつらつら思い新緑を楽しんだ。
e0006429_183835100.jpg
e0006429_18391642.jpg



思った以上に小さなかわいいお城だったのでびっくり。また、中も特にふすま絵がある訳でなく、天井の木の組み方はしっかり見れ興味深かったけど、おおよそ私が知ってるお城の華やかさはなかった。階段は急で命がけで登り降りした。まあ荷物が大きかったから・・・。しかし、天守閣(?)から眺める彦根と琵琶湖と北に連なる雪をかぶった伊吹山等は見事に「あっぱれ日本」だった。
e0006429_18441077.jpg

[PR]
by papillon-e | 2006-03-04 18:46