日々の中での出来事・思いを重ねていきたいなぁ。仕事のことも生活環境の事も友人のことも仲間のことも連ねていきたいなぁ。


by papillon-e
カレンダー

<   2005年 11月 ( 14 )   > この月の画像一覧

よゆう

 運動不足だ。昨年のように町に出るのに歩いて行くこともなくなった。バスに乗るしタクシーも使う。
 先日より少し意識して歩くように努めてはいるのだけど、思うようにはならない。時間的な余裕もあるとは思わないが、でも、気持ちがあればなんとか時間は作るだろう。気持ちの余裕もないのだろうか。

 最近はできれば人と会いたくないし(接客業していてどうするのよね)家でゴロゴロしていたい。お店だと(職場)かろうじて、初めての人とも話が出来るし、自分の仕事だからある程度失礼のないように努力できる。ただ、どこかの集まりであったり、知らない人に会わなくてはいけなくなると、とたんに気後れがしてくる。心のよゆうがないようだ。友人にも電話をしたり「かまってほしいよ」ムードはでているだろうと思う。いや、甘えれる友人には接触的に出してるぐらいなのに、それでも、なにか外に出たり知っている人っであっても3人以上集まる所に行くのはおっくうだ。

 そんな時は大人しく、必要以外に出ないようにするのが一番だろう。
寒くなって来た事も影響してるんだろうな。

 昨日出かけなくては行けない用事があり、西陣近くまで足を運んだ。疲れた!!!
久しぶりの顔もあり会話もできるのだけど、とても緊張した。気の置けない仲間と少し焼酎を飲みながら話していたのだけど、それでも気を使っていた。気持ちがぴーんと張ってしまっていて、「あそび」が少なくなっているように感じる。
 
 人に会いたくないのは「太ってきたから」という事も心の隅にあるのだろう。病気をした事も自分の事を恥ずかしく思っている所もあるからなのだろう。時々、言葉がうまく出なくなる事もあるからだろう。言い出したらキリが無い。疲れているからだろうか。確かにいろんな要因があり疲れているのは確かだけど、それは私一人ではないはずだし、多かれ少なかれ皆疲れているのだから、それが理由になる事もないだろう。

 やっぱり休憩を取って運動した方がいいかな。友人と大笑いして心のアクを濾過してもらった所なのに、既に血栓が詰まってしまった状態かな。また、大笑いしてうまく廻るように動かす事が大事だろう。よゆうが出来れば、もう少しうまく廻るだろうだろう。

 来週は大阪に出るので少し時間を取って気分転換を図るよう、気持ちを持って行こう。

 
[PR]
by papillon-e | 2005-11-30 18:03

おなかがすくよ。

 食欲の秋とはよく言ったもんで、本当に嬉しいぐらいにおいしいものが市場に並ぶ。もちろん牡蠣とカニは「あったり前田のクラッカー」だし(おばはんギャグで・・・)キノコにお米。白菜、そして大根!!!

 ワタクシ、大根が好きなんです。もちろん牡蠣は王様で、カニは上様かな?
大根おろしのしるも捨てたりしなく、一気にごくごくと飲み干します。ところがたまにこれをした後胃が痛くなって泣きそうになることはあるのですが、でも、おいしい。さんまにも会うし、塩昆布と混ぜて大葉で色付け、ご飯の上に載せると立派な一品になります。二日酔いの後に大根おろしにだし醤油を少しいれお湯をそそぐ大根湯なんか頂くと結構すっきりするもんです。はい!
 
 生で食べても蒸しても煮てもいける。まあたいがいの根菜はそうなのだろうけど・・・。でも、おいしいね。ほくほく感があるから体があったまるし、甘いのがいいな。

 日々そんな事を思っている事もありお腹がすく。特に最近5時以降に猛烈にお腹がすく。もちろんお昼前もお腹がすく。
困った。また太る。

 今年に入って6キロは太ったので今年3月にはいていたブーツが入らなくなった。こんな面白い事もあるもんだ。もちろん、夏にはズボンを破いてしまったし、冬のズボンもウエストのボタンが飛んでしまった。こうなると笑うしか無い。運動不足と不摂生が原因だろうし、なにより最近よく食べる。気にしてはいるのだけどよく食べる。自分でも驚くぐらい良く食べる。
 「かあさん!頼むしその腹、なんとかしいてくれ」「お母さん。その痛い体系ちょっと考えたら」「尻(けつ)が四角くなって下に付いてる」等と体系にいちゃもんをつけてくる。「年を重ねるという事はこういう時期もありと言うことで、それも乗り越え、あれも乗り越え、大台乗り越え、人は心も丸くなっていくのよ」と言っても「言っとけ」と鼻であしらわれる。
 確かに体が動きにくいし、動くのがしんどいのは確か。3番目の子供の臨月のときより成長している。うん???高校の時の体重にもどったかな。おっと!青春がもどってきたかな?

 この時間、近くにあるイタリアンレストランからただ事なら無い良いにおいがしてくるからかな。ニンニクとコショウの香ばしい匂い・・・・。このレストランの豚肉はけつこうイケル。ボリュームもあるし、豚肉の種類にもこっていて2、3種類の豚を用意しているようだ。「カレーうどん」ではないが、無性に豚のローストを食べたくなる時がある。歯ごたえがいい。香りも良い。牛が少し苦手な私には豚と鳥は大事な動物性淡白がとれる心の友。少しうるさいかも!!!(M郎と旦那が特に)
食べごたえもしっかりある。若いお兄ちゃんが(私より10才は若い)二人で切り盛りしているのも印象がいいのかもしれない。感じの良い二人だと思って見ている。
 たまに寄せてもらうのだけど、豚は外せない。自家製のソーセージもこれまた、お・い・し・い。はずれは無いし値段との釣り合いも取れているように思う。なんと言っても、勢いのある元気な料理はおいしい。

この匂いに反応してお腹がすいているような気がしているのだけど・・・違うのかな。匂いだけでご飯が食べれるように思う事もある。匂いのせいにしてはよくないね。

本当にお腹がすく。困った・・・。お茶を飲んで気持ちを落ち着かせよ〜っと。

このレストラン紹介します。
ビリキーノ
京都市左京区浄土寺西田町3
TEL:075-751-8001
ランチ・11:00〜15:00
ディナー・17:00〜21:00
水曜定休日
です。
 

 
 
[PR]
by papillon-e | 2005-11-29 17:31

家族

 日曜日のうららかな午前中。今日は娘二人と私だけ。先日、新聞に入っていたクーポン付きの広告を財布にいれブラブラ、ブラブラ「朝マック」を求めて百万遍まで歩いていく。とても気持ちの良い休日で歩いていると少し汗ばむぐらいだった。

 旦那様は、また旅行で朝5時起きで出かけたし、M郎は模擬テストで田辺の方まで試験を受けにいった。最近、女3人で過ごす事が多い。気を使う相手が少なくなるので、少しゆっくりするような気がする。

 「ソーセージ.エッグマフィンセット」を頼み、まだチキンナゲットを2箱注文し、2階席でいただいた。とっても久しぶりの『朝マック』だったのもあり「たまには散歩ついでに此処にくるのもいいよね」と言うと下のMがとても嬉しそうに頷いていた。T子は友人と学校帰りに立ち寄る事もあるようで、けっこう親しみがあるのだろう。そう言えば、「野菜生活とマックシェイクで3時間ほど、友達を話をしてた」って言ってたな。

 家に帰ると嬉しいプレゼントが待っていた。子供たちがまだ小学生だった時に寄せてもらっていた教会から「設立80年の記念本」が置いてあった。私が小学生だった頃にも通っていた教会だ。不義理をしているのにも関わらず、こうして覚えてくださっている事と、クリスマス会の招待状を頂きながら足が向かない事に恥ずかしさとありがたさを同時に感じる。T子は「今年は行こうかな〜」と言っていた。Mはボーイスカウト(女の子もボーイスカウトに入れるようになったんでっす)のクリスマスがあるのでそちらに行く予定だ。
 子供たちが行ってた頃は6人ぐらいの日曜学校に2人か3人の先生が面倒見てくだっさり、それはそれは丁寧に接してくださっていた。とにかく、温かく見守って下さっていた。他人から「無条件に愛される」という経験をここ、西田町教会でもさせてもらっている。感謝するばかりだ。

 T子もMも「どんな事があっても私は親から愛されている」と思ってくれているようだ。「そんな事、疑う事すらしないぐらい絶対にお母さんとお父さんは私達の事を愛してると思っている」と言ってくれた。親にしてみれば涙が出るぐらい嬉しい言葉だ。少なくとも娘二人は家族の愛をしっかり受け止めていてくれるのだろう。嬉しいし、またうらやましい。

 私は肉親の運が薄いと思っている。母がいつ私を放り投げるのではないかと不安だったし、(実際そんな事は無いのだけど)いつも寂しかったように思う。あの時代、一人っ子の片親は少なかった事もあり辛い事もあった。まして、母は店を持ち仕事をして忙しかったから(住み込みのお針子さんも4、5人いた)ある意味、私は大変自由だった。仕事中のお姉ちゃんにまざり人形の服を作ったり、「きりびつけ」の糸を切る仕事をもらったりと、手を取って良く叱られていた。中にはかわいがってくれる人もいるし、また、疎まれる事も多々とあった。大人と言えど、まだ10代後半から20代前半の人が多くいろいろ思う事もあっただろう。相手にしてもらう方法として人の顔色を見たり、気を使う事も覚えた。でも「愛されてる」って思った事はなかった。母に対しても未だに「無条件で愛されてる」と思うことは少ない。「気にはしてもらっている」し、「愛」してももらっているが「無条件の愛」とは違うように思う。この寂しい所が人を信用できないゆえんでもあるのだろうか。私の心は貧しいと思うことが多々とある。

 だからこそ、自分の家族が欲しかった。私が感じたような思いはしないような環境が欲しかった。3人とも保育園で育ち、一般的に『かわいそう』といわれる環境で育ってきたのかもしれない。しかし、幸いにも私にあった保育園に巡り会い、その中で気持ちの良い先生方と友人に囲まれ、ここでも「愛されている事」を疑わずにすむ環境に恵まれていたように思う。
 私が自分を疑ったていたり、愛情表現がうまく出来なかったりとぎくしゃく、戸惑いながら関係を作ってきた。困る事もたくさんあったと思うのだけど、今の所子供たちはそんな私でも否定しないでいてくれる。主人もしかりだ。(運命と諦めているかもしれない)
人を信用できない、許せない・・・つまりは「慈悲の心」足りないことなのだろう。それは「自分の愛」を疑う事から始まるのかもしれない。

 家族がいて私は幸いだと思う。母と一緒に仕事をする事もまた幸いなのだろう。でも、私は「私を愛せない」事に気がついてとてもつらい。考え過ぎなのかもしれない。「自分を疑う」事は建設的でないようにも思うけど、「自分を信用」出来ないのは事実だし、やっぱりどこか「すねている」。

 こんな母に絶望しないで、おおらかに受け止めてくれている家族を私は「大事にしたい」と思う。
[PR]
by papillon-e | 2005-11-28 17:39

夕食会

 おおよそ1年ぶりに出会う顔。電話とメールでやり取りはしていたものの、顔を見て言葉をかわすのは久しぶり。みんな仕事で疲れているようにも見えるけど、「ご無沙汰」「元気だった〜?」とかける声はハリのある、聞き覚えのある変わらない声だった。
 今日は楽しみにしていた夕食会。で、牡蠣がメイン(私だけ)のメニューとなった。どうメインかって言うと、「牡蠣をたくさん食べる」って事とと「一番始めに牡蠣を食べる」ってことかな。四人で20個頼んで、女性二人は3つずつ、男性は8個、私は7個いただいた。あれ?数があわないよ!!!!一つ多いのはどうやらお店の人がおまけをしてくれたようだ。やっぱりシーズンごとに顔を出す事は大事だな(うん。うん)!!!そんなに良いお客様でもないだろうに・・・なんだかとってもうれしい。
 まあ、とろけるような牡蠣でした。けっこう大降りでしっかり身も入っており、口のなかでとろけました。(写真を撮ってきたのだけど、どうがんばってみても貼付けられない。一大決心でレストランで写真を撮ったのに・・・。恥ずかしかったのに・・・。
OSをタイガーにして使い方の解らなくなってしまった所がたくさんある。困ったね。)
「おいしいね〜。おいしいね〜」と言いながら頂いた。ちょ〜満足です。

 おいしい料理とおいしいお酒(そんなたいしたワインではなかったけど)けっこう大事なのは「だれと食べるか!!」って事もある。つまらん話をしながらも大笑いし、お互いに心中を測りながらいたわり、お互いの労をねぎらう。良いじゃないですか。
平和ってこんな所からも繋がっていくのかも知れないと思う。
 しかし、よく笑った。久しぶりに(家族以外)大笑いをして気持ちがほぐれた。『笑う角には福来る』って言うけど、本当に福の神が来たように感じる。笑うのは体のためにもいいのよね。精神が安定するのかな。でも、笑いの質にもよるのかもしれない。声を出してお腹をよじらせながら笑うのは体力も使うよね。

 一般的に牡蠣って一度にいくつぐらい頂くものだろう。ノルマンディーでは5個のメニューからだった。私自身だと一人で10個ぐらいは軽くいただける。(ような気がする)何となくきになるところだ。ちなみに隣のカップルは始めに10個、後で10個注文されていたようだ。(いやらしいね〜。私)うんうん。軽くいけるよね。

 『パンダから君へ』http://taisuketti.exblog.jp/と言うフランス在住のカメラマン、パンださんのブログがあるのだが、先日よりそこで、それはそれはおいしそうな牡蠣の写真とコメントが載っていた。写真を見て生唾をごっくんとのみ、昨日の会を楽しみにしていた私としては全ての意味で満足した。
 残念な事にどこの産地の牡蠣か聞くのを忘れていたのと、お店の由来を聞くのを忘れていた。一つの事に気が行くと(この時は牡蠣を食べる事)他の事は飛んでしまう事が多い。また次の機会に聞いてみようと思う。
 
 もう一つ嬉しかった事は、以前このお店で仕事をしていた男の子に偶然会えたことだ。カウンターの中で一生懸命仕事をしている姿が気持ちよい青年だ。今は東京は青山・表参道のスパイラルビルの近くのイタリアンで修行をしているらしい。少し痩せていたが名前を覚えてくれていた。思わず握手してしまった。
 若い情熱と意思で自分の道を切り開こうとする志。「がんばれよ」と応援したくなる。彼らには無限の可能性があり未来がある。もちろん、私達の年齢でも無限の可能性と限りない未来はある。若さという武器をもって謙虚に勇敢に人生を切り開いてもらいたいと思う。

 さあ、蟹、牡蠣ときたら後残るは????エビですね。昔北白川に「魚晋(ととしん)」と「えび晋」があった。今はなくなってしまったけど、「えび晋」の海老フライ、おいしかった・・・・。
 
[PR]
by papillon-e | 2005-11-26 15:36

かに博士

 昨日の夕食はかに鍋にした。
旦那さんが仕事の慰安旅行(?)で「夢千代日記」の舞台になった兵庫県は香住町の近くの温泉にいったお土産に送ってくれたものだ。お土産と行っても彼が自腹を切って買ったくれたものではなく、旅行を主催された社長が皆にと用意してくださったものだ。「気を使って頂いてありがたいね」というと、「そうだね。君のように『一人だけおいしいものを食べてきた』帰ったら文句言われるかもしれないって解ってるんじぁないかな」だって。私はカニ、エビ、牡蠣が特に大好きです。だからついつい意地汚くカニを食べにいくって解っているので「一人食べてきたのか?お土産は?」って聞いてしまう。
 
 カニは大変おいしく、子供たちと無口になりながら身を掘り出してしっかり頂いた。T子とMはカニの身の取り方がうまく、スルッと取り出していた。本当なら最後におじやにすればよかったのだけど、T子とM郎の帰ってくる時間がずれていたので今回は見送った。コッペ蟹も入っていたのだけどどう調理して良いのか解らない。母に聞いてみよう。

 ある社団法人の事業で京都デザイン優品という選定事業がある。2年ほど前その会の理事と実行委員をしていた事があった。(実は今年も実行委員なのだけど)京都府下にある企業(大小、個人かかわりなく)の商品を「良いデザインですね」と認定し世の人たちにより認知してもらう。また、自社の商品に自信を持ってもらえたら良いと目的もある。もう既に13年続いている事業なのでおなじみさんもある。その中で、新しい商品を見つける事も大きな役割をしめる。(この件に関しては折にに触れて聞いてもらう事もあるかもしれない。おおよそ愚痴になるから楽しくないかもしれない。)

 京都府の商品を集めて展示・即売会が岡崎の都メッセであった。「何か出会いがあるかしら」と思い、出かけて何社か「いいな〜」と思うもののパンフレットをもらったり他の所で試食等をしてけっこう楽しんだ。その場所で「とと工房の『とと合わせ』」に出会った。大変気に入って後日「デザイン優品に出してください」と手紙を書いた。事務局に問い合わせがあり、出品して頂く運びとなった。この「とと合わせ」を作られた篠田さんが大変ユニークな方で、また、魚に対してたいそう愛情を持ってられる。「とと合わせ」を作っ行かれる時の魚に対する思いと理解には頭が下がるし、何より切り絵で作られているその、手の細やかさにも頭が下がる。

 篠田さんは京都府,宮津市ではちっと名の通った方らしい。「篠田っといっても解らないと思うから『かに博士』とおっしゃい』と教えてもらい、宮津市に遊びに寄せてもらった事があった。泊まった旅館に「とと合わせ」が置いてあったので女将さんと話をした所、『かに博士』で距離が近くなったし、飯尾醸造(冨士酢を作ってる所でとてもおいしい。ホームページはこちらです。http://www.iio-jozo.co.jp/)でも『かに博士』で会話が広がった。
 この時期カニを見ると篠田さんにカニと見分けかたとか、どこの旅館のカニがおいしいのかとか訪ねたいな〜と思う。愉快で楽しい話をいっぱい聞かせてくださるに違いないだろうとおもう。楽しく、ユーモアのある方だし、何より海のものを愛してらっしゃる。「愛してる」のを感じれるのがまたいい。
「とと合わせ」の魚たちを見て頂いたら他の方にも解って頂けるだろう。

とと工房のホームページです。是非見てください。また、気に入ったらお求めください。私はファンなので全部持ってます。(えっへん!!!)
http://www.totokobo.com/

また、篠田さんの切り絵に対する情熱もすごい。今年の春には篠田3兄弟で古典も開かれた。京都市内にスケッチに行き、写真を資料にしそれで作られるらしい。私も3枚ほど頂戴したが(すべてお魚の切り絵です)、町の風景もうまく表現されている。やはりアナログな人なのだろう、手の味わいを感じるのはよいもんです。

 篠田さんと会えたのも、「とと合わせ」に会えたのもデザイン優品のおかげであろうと思う(そういう意識を私に持たせてくれた)。社団法人のおかげでもあろう。でも、病気になってしまった原因もここにあるる。いじめ、誹謗中傷、思いやりの無い発言と自分さえ良ければ良いと思う心が(人間誰でもそうなんだけど)渦巻き、気持ちが悪くなってしまう。世の中ってそういう事が多々あるのだけど、社団法人。ある意味、ボランティア団体ではあまりあって欲しくない。もっとも、私個人の性格にも問題があるのは重々理解している。斜めからも見てる時もあるし、ひねくれまがっている。でも、良い大人が良識をもって行動しないといけないように思う。
いかん!!いかん!愚痴になってしまった。また、人の事は言えないけどね。

 カニのシーズン中に宮津市までカニを頂きにいきましょうか。ぱっーとね!元気になるな!!!うん。
(今日の夜はお食事会で牡蠣を頂きにいってまいります。楽しみ楽しみ。だから太るのかな)

 とと工房が選定された年のデザイン優品のホームページです。ご覧ください。
http://www.kyo-brand.net/2004/photo.html
[PR]
by papillon-e | 2005-11-25 15:05

カレーうどん

 ここ数日何故すごくカレーうどんが食べたかった。ちゃんとだしがうどん屋さんのだしで、とろみの付いているやつでないといけない。
 昨日の昼ご飯に「喫茶店のナポリタン」を作るべく準備をしていたのだが、「カレーナポリタン」(?)でもいいやないのと思い、ターメリックを入れてみた。これがけっこういけた。子供たちは「えっ!ナポリタンっていってたやん。」等と文句を言っていたが「気いらないなら食べなくっていいよ」と言うと渋々、自分のお皿に盛っていた。「あっ!これけっこううまい」と食べてくれていた。
でも、カレーうどんではない。

 今日の昼ご飯は何がなんでもカレーうどんを食べようと決意。本当はいかんのだが、お店を(今日は一人で営業をする日)少しの間締めて近くの『じんべえ』さんに「きざみきつねカレーうどん」を食べにいきました。すっごく満足!!!

 時々、無性に特定のものが食べたくなる時がある。『ますたに』のラーメンもそうだし、ケンタッキー・フライドチキンもそう。イチゴのショートケーキ、「月見だいふく」「カッパえびせん」「ポテトチップスのうす塩」「大前さんとこのシュークリーム」「はな子さんとこのアイスキャンディー」「丸銀のお惣菜屋さんの春雨サラダ」「大西の焼豚」もう、数え上げるときりがない。「セカンドハウスのカレースパゲッティー」も一年に一度ぐらい無性に食べたくなる。
 先日も昼頃からどうしても生クリームのホールケーキが頭から離れなかった。娘に相談する事でもないのだけど、「生クリームたっぷりのケーキ食べたくなあい?」な〜んてアホみたいにメールしてしまった。夕食後、市販されてるような美しいケーキではないが、「バナナチョコレートケーキ」を作りました。しかも生クリームでしっかりこってりコーティングしたやつ。また、板チョコをバリバリに砕いて入れているのでしっかりチョコチョコしているのでボリューム満点。
 
 幸せなことだ。無性に食べたくなって手に入る社会にいる。そう背伸びをしなくても手に入る。スーパーに行けば材料も手に入る。少し体に悪いものでも(太ったりするじぁない)毒にはならない。ありがたいことだと思う。

 子供の頃祖母が冬になると作ってくれていた「おだまき」(茶碗蒸しのうどん入り)も食べたいな〜。「まったけのすき焼き」も食べたいな〜。

 
 
[PR]
by papillon-e | 2005-11-24 14:31

行ってきました。

 行ってきました青蓮院。今年は今まで人の目に触れなかった曼荼羅も紹介され、特別の一般公開のようだ。
日曜日は娘2人と一緒に。昨夜はボランティア活動(?)で一緒の方と。日曜日はよい天気で大勢の人だった。昨晩は7時の開門前だった事もあり、門の前でひとしきり並んでいた。さむい、さむい。急に冷えてきたようで、足の冷たいのもつらかった。

 発光ダイオードが普及してきた事もあり、クリスマスにもいろんな所で青色発光ダイオードが使われている。青蓮院もしかり。夜に青色の点々と白壁に青のライトが映される。参拝の方達から「お〜〜〜」と言う声が聞こえる。確かに幻想的である。この青の色も国宝の曼荼羅に「群青色」が使われているからだろう。「きれいね〜」との感嘆の声も聞こえる。確かに目がいくし、ハッともさせてもらえる。昼間とは違う醍醐味もあり、工夫がしてあるのもよく解る。

 クリスマスツリーと同じ青い色。クリスマスも青い色。冬の寒いときになんで青の寒々しい色が良いと思うのだろう。確かに青蓮院の場合「群青色」がキーワードになっているのだろう。それは理解できる。幻想的な演出を目的としているのもわかる。でも、寒いのがもっと寒く感じてしまう。私だけだろうか?

 これからはクリスマスのシーズンでキラキライルミネーションが活躍する時期だけど、青色のクリスマスツリーはちっともありがたいと思わないし、心もウキウキしないのだけど。「マッチ売りの少女」もあのマッチのリンの赤オレンジの色に暖かさと楽しい思い出をみつけたように、私もオレンジや 黄がかった白に冬の暖かさを感じるし、ウキウキする。クリスマスカラーは白と赤と緑だったと思う。やっぱり、温かいと感じるイルミネーションがいいな。

 数年前に青のリボンとクリスマスオーナメントがパリで流行ったような記憶がある。パリではクリスマスは青のイルミネーションが多いのだろうか?イタリアではどうなのだろう。アメリカはどうなのかな?
今年のクリスマスデコレーションのトレンドはどんなのだろう?こう考えると国によって色に対する思いも違っているのかもしれない。調べると楽しいかも・・・・・。
[PR]
by papillon-e | 2005-11-22 17:18

さむい。

 朝夕の冷え込みもそろそろ本格的になってきた。家では早々とストーブを出し「そこのけ、ここのけ(?)」で場所の取り合いを始めている。我が家は寒い。夏は暑く、冬は寒いと言うりっぱな鉄筋コンクリートだ。しかも、不思議な事にすきま風がはいる。そういう意味で四季を感じさせてくれる小さいながら住みやすい家だ。

 この家に移り住んではや17年が経とうとしている。3階に住んでいるのだけど角地でもあるので見晴らしもよく、何よりお日様の恵みをうけている。家族5人が住むのには圧倒的にせまい2LDKペントハウスだが、なんとかごまかしながら生活している。本当は一人で住んでもいい感じなのだろう。昔はやったアーバンライフみたいな感じでブリリアントな独身生活をするのにもってこいだ。たまの休みに一人でいる時「もっとモノがなくて、掃除の行き届いていたらカッコイイのに・・・」って思う。掃除が行き届かないの私が掃除のセンスがないからで、またモノを片ずけるセンスにかけているからなのは承知してます。「あ〜、だれか片ずけてくれたらな〜」な〜んて思ったりもする時がある。掃除とお片ずけはセンスが必要だととても思う。

 この家のいろんなエピソードをまた追々紹介するとして、このペントハウス。私は3帖ぐらいのここにベットを置いて寝ている。何が良いかって言うと夜寝ながらお月様とお話が出来る事。おおよそ120度ぐらいの視界を持ち寝ていると他の建物なんかは見えない。大文字山も見えない。空のみが見える。満月の時なんか明る過ぎて目が覚めるほどだ。天井が斜めになっていて3帖と言えすべて歩き回れる高さではない。だからよけいに楽しい事がある。朝起きて足をあげ、天井につけストレッチしたり、頭を打たないように腹筋したりできる。また、夏は直接当たる太陽の余熱で汗をかける。モノは考えようでけっこう面白く過ごせる。

 子供が小さいとき南向きの大きな少しアール(円をえがいている)の窓のゴムの部分が何かの拍子にひっかかって閉まらなくなってしまった。台風が近付いていた時で大変困った。押しても引いてもビクとも動かない。旦那が「しかたないな〜」と良いながらゴミ袋とガムテープで開いてる所をとりあえず補充し様子を見た。「これもわるくないじゃない」とブルーのゴミ袋の一時的な平面をみてのたまわる。「まあ、自分が設計したんだしかまわないけどね・・・・。」なんて思いながらゴミ袋は2年ほどそのままにしてたように思う。雨は漏るし、すきま風ははいるし、ボールはころがるし文句を言えばほどほどにあるけど、でも住みやすい居心地のいい家だ。これでキレイに片ずいていたらもっといいのだけど・・・。

 旦那が関係している会の図面展がある。このブログを見てくださっている方はほとんど無いに等しいだろうけど、もし、万が一見てくださってられる方、一度覗いてください。
http://www.cis.kit.ac.jp/%7Esiryokan/
(村野藤吾建築設計図展)
興味の有る無し、好き嫌いにも大きく関係しますが素人私が見ていてもけっこう楽しめます。

 来週は京大の学祭だとのこと。M郎のラブラブ幼なじみK太郎君からお誘いがあるかしら?寒いふきっさらしのグランドでおでんを食べるのが好きな私の事を思って「ようこさん。学祭来てね!!!」って連絡があるといいな〜〜〜と思う。肝心のM郎は少しお尻に火がつき始めていてそれどころではないだろうが、きっとK太郎君は「M郎。遊ぼうよ〜〜〜〜」と誘ってきてくれることだろう。

 学祭が終わる頃には木枯らしもふき始めるだろう。
[PR]
by papillon-e | 2005-11-21 16:33

寂しいね

 解りきっている事ではあるが最近「やっぱ孤独よね」と思う事がしばしばある。友達は多い方ではない。でも、気持ちよく、いたわり合いながら話が出来る友人は5人以上はいる。親友と呼べる関係も2人以上はいる。家族もいる。でもなん「あっ!!!」って思う事があり、一人ストンと落ちてしまう事がある。うまくいえないのど・・・・。
 
 昨日の夜、娘が友達の話をしだし「私って自分から友達に連絡しないのよね」と言い出した。「時々、寂しいな〜って思うけど、『まあ家族がいるからいいか!』って思っている。」「こんなんでいいんやろうか」「でも、家に帰ったらみんないるしなぁ」「でも大学になって京都を離れたらどうすんにゃろうと不安になるんやけど・・」とのことらしい。難しい事を言い出した。私自身「さみしい」と思う心はいつもどこかにあるし、「孤独」と感じる事はしょっちゅうある。娘と私とではまた、違っているだろう。幸いなのは「家族がいる」ことに安心と安定を置いていてくれることだろう。
 
 でも私は?家族がいても「さみしい」し「孤独」と感じる。やっぱり、生い立ちに関係するものなのだろうか。それとも、私自身の考え方と心の問題なのだろうか。ようわからんね。また、病気が頭をもたげてきたかな?最近調子よかったからね。

 「寂しい」時は「寂しさ」をしっかり受け止めて泣いているのも良いかもしれない。「孤独」な時は「孤独」と向き合い、「孤独な自分」をよしよしするのもいいのかもしれない。「信じれない」時は自分を責めずに「信じれない心」を抱きしめていると良いのだろうか?人は人を「信じたい」と思うけど、いろんな事で「信じれなく」なる事があるよね。そんな時はやっぱり「寂しい」し「孤独」に感じてしまう。ささいな事なんだけど、心の傷はけっこう深い。
 
 「世の中こんなもん」と思えれば楽だろうけど、そうでない事をいっぱい知っているのでなかなか思えない所がややこしい。「信じたいと望む心」と「良心」をもう一度問いただしてみて、諦めない事がだいじなのかな?
 昨夜、久しぶりにマスターキートン(漫画)を引っ張りだし読んでいたら、7巻の「ノアの箱船」だったかに「人を一生懸命信じて、信じる努力をしてたら、そのうち神様も信じる事ができる」というような(はっきり覚えてない)文章がでてきた。「信じれる事」ができると心は温かくなるし、相手にも自分にも生まれるものがある。

 「信じたい」けど「信じにくい」今の世の中、いろんな思いが渦巻いてるよね。そう思うと「寂しい」と感じる時は心の中の何かを確認するのに良いのかもしれない。今、気持ちと頭を整理する時期に来ているのかもね。と、言う事は次のステップが近いのかもしれない。悲しい事も決断する事もたくさんかるから「寂しい」し「孤独」だと思っているのだろう。脱皮するためにもしばらくクスンクスンと泣いておいていいよね。
[PR]
by papillon-e | 2005-11-19 12:10

nama純ちゃん

 昨日、長男Mが返ってくるなり「今日な〜すごいことあったんやで。俺、『生じゅんちゃん』見たんやで」と嬉しそうに言っていた。折しもテレビのニュースでブッシュ大統領が金閣寺を見に行ってどんなエピソードを残したかを話しているときだった。

 友人と町中にある予備校に模試の何かをもらいに行った時に偶然出くわしたらしい。「大きい人ではなかったで。」とのこと。「友達と『フォ〜!!!生じゅんちゃん』ってさわいでた」らしい。フ〜〜〜・・・・。
君な〜〜〜。
[PR]
by papillon-e | 2005-11-17 17:54